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おや、あそこにいるのはサチだ。狐神は社の中からしばらくサチの様子を窺っていた。
「あっ、風さん。こんにちは。小鳥さんもこんにちは。お花さんもこんにちは」
あの子はやっぱり不思議な子だ。
サチはしゃがみ込んだまま空を見上げて微笑むと両腕を上へとグゥッと伸ばしていた。
「サチ、何をしているんだい」
「あっ、キツネさん。こんにちは」
「はい、こんにちは。で、何をしているんだい」
「あのね、うんとね。お絵描きしていたの。そしたらね、お空さんがサチの絵を笑うの。もう嫌んなっちゃう」
「そっか、笑うなんて酷いな。で、何の絵を描いていたのかな」
木の棒を手にしていたサチが「これ」と地面を木の棒で指し示す。地面に何やら絵らしきものがあった。ただそれが何を描いたものなのかさっぱりわからない。何かの動物だろうか。怪獣とかだろうか。なんとなく空の気持ちがわかる。そんなこと口にしたらサチは口を尖らせて怒るだろう。
この絵は芸術性あるものなのか、単に下手なのか。
狐神は黙考したが答えは出てきそうにない。そう思っていたらサチの手が頭に乗っかってきて撫でられる。ああ、サチの手は魔法の櫛みたいで心地いい。なんだか力が抜けてくる。
「やっぱりキツネさんを撫でると気持ちいい」
「気持ちいいか。我も気持ちいいぞ。だが稲荷の神の頭を撫でてくる者はサチくらいなものだ。我はいいが他所ではしないほうがいいぞ」
「なんで、どうして。すっごく気持ちいいのに。ナデナデしてもいいんじゃないの」
「まったく、しかたがない奴だ」
「テヘヘ」
「ふん、テヘヘじゃない。まあいいか。それにしてもここのところ参拝しに来る者がいないな」
「そうだね。サチが呼んできてあげようか」
「呼ぶ」
「うん」
「そうか、それなら本当に困っていそうな者を呼んできておくれ。いいな」
サチは大きく頷き、稲荷神社の鳥居を潜って駆けていった。
元気がいい子だ。そうは言ってもすでにこの世の者ではないのだが。
サチは座敷童子だ。
それにしてもこの絵は何を描いたものなのだろう。
「キツネさん」
「うぉっ、なんだサチ。行ったのではなかったのか」
「テヘヘ。ドッキリ大成功。なんちって」
「何が、なんちってだ」
まったく狐神を脅かす奴がいるか。不届き者めと叱るところだが、サチのなんとも言えない笑みについ許してしまう。憎めない奴だ。
「あっ、それね。キツネさんの絵だよ。じゃ、今度こそ行って来るね」
軽快な足取りで走り去るサチを見送り、地面に描かれた絵に再び目を向ける。まさかの我の絵だったとは驚きだ。似ても似つかないではないか。どこをどう見ればキツネになるのやら。サチの目には我がこんな化け物じみたものに映っていたのか。腕が首から生えているじゃないか。足も変な風に曲がっていて、これじゃ絶対に歩けない。
狐神はしばらく絵から目を離すことなく唸っていた。
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