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「ここは」
「おじさん、ここは……えっと……。キツネさん、なんだっけ」
「キツネさん。なるほど稲荷神社か」
サチはいったい誰と会話をしているのだろう。サチに隠れるくらい小さなおじさんなんているはずがない。
まさか幽霊。いやいや、我に見えぬ幽霊などいない。
そう思っていたらサチの陰から眼つきの悪い猫が顔を出した。
人ではなく猫を連れて来たのか。サチらしいと狐神は頬を緩ませた。サチにしてみたら猫も人も同じなのかもしれない。
「どうも、キツネの旦那。願い事を叶えてくれるとか言うんでこのお嬢ちゃんについて来てしまったんだが、おいらでよかったのかどうか。猫ですし」
ほほう、どうやらこの猫はただの猫ではなさそうだ。所謂、猫又というやつか。この短時間で猫又をみつけてくるとはサチもなかなかやるものだ。
「あの、キツネの旦那」
「ああ、すまない。それで何を叶えてほしいんだい。お猫さん」
「はい、キツネの旦那。おいらかれこれ百年は生きているですけどね。どうにも最近目のほうが悪くなっちまって。治してもらえねぇかと」
「目か。どれどれ」
妖怪も目が悪くなるものなのか。妖怪にとって百年など大した年月ではないと思うのだが、そうでもないのだろうか。狐神は猫の目をじっくり観察してみた。なるほど、これは白内障のようだ。
白内障になる猫又とは初めてお目にかかる。これでは確かに見づらいだろう。
「どうだ、おいらの願い叶えてくれるか。狐の旦那」
「そうだな。猫よ、叶えるのも叶えないのもおまえの心次第だな」
「心って。まさかおいらの命を奪おうってわけじゃないだろうな」
狐神はフッと笑い「そんなことするはずがないではないか。命を奪ったら目が治ったところで意味がない。そうだろう」と猫の頭を撫でた。
「確かに」
「おじさん、お百度参りすればいいんだよ。そうすれば叶えてくれるよ。キツネさん、優しいからさ」
百の約束事というものもあるのだが、まあいいか。
「ほほう、お百度参りか。うむ、こりゃ頑張らなきゃいけないな」
「そうそう、ガンバレ、ガンバレ、おじさん」
「お嬢ちゃん、さっきからその『おじさん』って言うのやめてもらえないかい。それにキツネの旦那も猫と呼ばないでほしい。おいら、これでもムースって名前があるんだ」
ムース。これまた似合わない名前だ。眼つきの悪さといい太めの身体といい、ムースというよりも……。うーん、なんだろう。猫界のドンのような。
「えええ、ムースって名前なの。なんで、どうして」
「なんでと言われても困る。ムースなんだから」
「おじさんでいいよ。そのほうが似合っているもん」
サチのその言葉に思わず吹き出してしまった。ムースも苦笑いを浮かべている。サチには敵わない。そんなところだろう。
「ああ、もうわかった、わかった。おじさんでもいい。とにかく、おいらは目が治ればそれだけでいい」
「じゃ、おじさん。お百度参りしよう。サチがちゃんと百数えてあげるからさ」
「そうかい、そんじゃおっぱじめようか」
なんだかサチとムースはいいコンビになりそうな予感がする。
「じゃ、一回目」
「おう」
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