第一章 生きる勇気

6/9
前へ
/50ページ
次へ
 両親の様子がおかしい。香也の死を知ったのだろう。学校からだろうか。私にどう切り出すべきか迷ってるみたいだった。  そんな気まずい夕食時にあいつはやってきた。 「こんな時間に誰?」  と言いながらお母さんがインターホンをのぞく。 「はーい。あっ、かこちゃん……」  え、カコ? 「今日はちょっと……でも、その……」 「どいて」  確かに画面の向こうには利佳子がいた。 「晴美、来て」 「なんで」 「いいから」  利佳子がこちらを真っ直ぐに睨みつける。画面越しなのに、突き刺さるような視線だった。 「話したいことがある」 「無理、めんどい」 「話さなきゃいけないことがある」 「そんなん知るか」 「早く」  何でそこまでして……。 「来るまでここを動かない」  別にそこに居座ってもらっても全く構わないが、親がめんどくさいのでとりあえず下に行くことにした。 「……わかったよ」  インターホンを切って、部屋のスマホを取る。 「ちょっと、ご飯は……」 「別にいい。遅くなりそうだったら連絡する」 「え…待ちなさい!」  これまた乱暴に階段を駆け下りて、玄関のドアを開ける。そこには、 「ちょっ……何すんだよ!」  利佳子が目の前に立っていた。彼女は無言で私の腕をつかむ。 「離せっ」  それでも、利佳子は無言、無表情のままだった。 「あんただけ逃げるのは駄目だ」  ……だけ? 「どういうこと。イミフなんだけど」 「今みんなすずの家にいる。もちろん侑李も」 「どうして」 「私が呼んだ。連絡網使って」  連絡網? 確かにLINEはもう機能してなかったけど、なんでそこまで……。 「反省会? 追悼会? それとも奈津美に復讐するための作戦会議?」 「違う!」 「じゃあ何なの? 最初から友達でも何でもないし、もうつるむのやめろよ! てか、私関係ないし。お前らだけで傷舐めあってろ」 「良くない! 駄目だよ、私達は一緒にいなきゃ、ダメなんだよ」 「キモイ、消えろ」 「ねえ、分かってる? 私たちが何をしたのか」  黙れ。  無理だから。  私はあんたみたいに正しい人じゃない。侑李みたいに優しい人じゃない。すずみたいに誰かを友達だと思うことさえもできない。  私はきっと、最初から人間じゃなかったから。 「痛っ」  私は利佳子の頬を平手で打って、家の方に駆けだした。気付いたらもう、家から100mほど離れていた。 「晴美!」  利佳子は追いかけてこなかった。その代わり、大声で私に言った。 「……そこに、あんたの居場所があると思ってんの」  足が止まる。 「私たち以外に、あんたと一緒に居られる人間いると思ってんの?」  体が、動かない。 「もう無理だよ。どこに居ても責められるか、問いただされるだけ」 「……それは、お前が親にチクったから?」 「違う、もう私たちは人間じゃないから」  利佳子の口調は静かだった。 「普通の人間としては生きられないから」  利佳子は泣きながら言った。  私は、泣けなかった。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加