都橋探偵事情『瘡蓋』

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「おお、根性あるやないけ、野球少年」  続けて左顔面を叩かれた。吉田が庇うとサブマシンガンの銃口を口に突っ込まれ、そのまま壁まで押し付けられた。吉田は両手を上げている。ここで撃たれたら無駄死にである。せめて親父の盾になるまでは死ねない。中井は倒れずにじっと相手を見据えている。 「うちのハゲは死んだんかい、運転手はどうなんや?」  リーダー格が問う。 「手当すれば助かりますよ、たぶん」  中井が薄ら笑いを浮かべて言った。バットが右肩に叩き下ろされた。中井は膝をついた。左手で肩に手をやるとその手の上からまた叩かれた。「うっ」と小さく声を漏らした。二人は室内に押し込まれた。サブマシンガンは二人の背中に押し当てられている。  田中が出刃の柄を逆手に握り徳田の頭に振りかぶったとき銃声がした。通路に反響して大砲のように響いた。振り被った田中の指と出刃が素っ飛んでいた。 「探偵、どけっ」  中西が伊勢佐木町側地下通路入り口階段を降りたところで銃を構えている。徳田は田中の柳葉を握る手首を叩いた。落ちた柳葉を片山が蹴飛ばした。徳田は今にも発砲しそうな中西を、両手を上げて制した。中西が構えを崩すのを確認してから膝を付いて赤ん坊のハイハイ姿勢の田中の前に立った。 「おい、お前にはその格好がよく似合う。首を括られるまでそうしていろ」  徳田は地獄への引導を渡したつもりでいた。しかし田中には靴下の間に隠し持った鯵包丁をがある。サッと抜いて油断している徳田の甲に突き立てた。刃先は靴底を抜けてタイルで止まった。徳田は痛みを堪えケンケンで片山の肩に凭れた。田中は立ち上がり鯵包丁を片山のフルフェイスに突き立てた。刃先が頭皮に触れている。片山は田中の腹部を前蹴りした。倒れた田中は柳葉を拾い再び片山を襲う。銃声がした。五連発して止んだ。すべて田中に命中した。命中したが急所は外れている。肩に三発、腕に二発。田中は床でのたうち回っている。両側の階段から地響きのような靴音が聞こえてきた。制服警官が盾を前に地下通路いっぱいに押し迫る。通路の空間十メートルに探偵二名、刑事一名、板前一名がライトに照らされた。盾の間をすり抜けて伊勢佐木中央署の課長がその空間に入り込んできた。
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