都橋探偵事情『瘡蓋』

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「会社の連絡先は?」 「詳しいことはまた連絡する」 「智也、携帯電話を買ったらどうだ、私も買おうと思っている。校長が見せびらかしていたけど以外にいいかもしれない」 「兄さん、心配しなくていいよ。今度飯を食いに行く。義姉さんと子供たちに宜しく」  片山は受話器を置くと寂しさが込み上げてきた。区役所で辛抱していればそれなりの将来が約束されていた。探偵に憧れてはいたが実際に生活出来るだろうか不安になった。徳田のデスク裏の棚にヘネシーが半分以上残っていた。少しぐらいは気が付かないだろうと飲んでいるうちに、気が大きくなり空にしてしまった。そして奥の部屋のベッドで眠ってしまった。 「おい、一時だ、また寝てもいいから一度デスクに着け」  徳田の声で気が付いた。片山は慌てて起き上がりデスクにいる徳田に挨拶した。  片山のデスクには名刺が三百枚置かれていた。 「それを使いなさい。今日から私は君のことを林と呼ぶ」  名刺には都橋興信所 調査員 林 義男とあった。あとはここの住所と電話番号だけのシンプルな名刺である。 「林 義男って僕のことですか」 「そうだ、これから客と対面するときはその名前で応対するようにしなさい」 「本名じゃまずいんですか?」 「まずい。昨日言ったはずだ、客の八割がやくざだと。自分の価値観で依頼を途中で放り投げるなんてこともある。そんなとき本名だとすぐに足が付く、どうせ逃げ切れないだろうが時間稼ぎは出来る。稼いだ時間にいい案が浮かぶかもしれない」 「わかりました」  片山はぶつぶつと林義男と繰り返した。 「ところでその棚に置いてあった瓶を知らないかな?」  片山はベッドルームに戻り足元に転がるヘネシーの瓶を拾って徳田に振って見せた。 「すいません、あとで買ってきます。ヘネシーでいいですよね」 「ヘネシーでいいですよねってパラディアンぺリアルだよ」 「種類はよくわかりませんけど近所のリカーショップでヘネシーが七千円で販売してました」  徳田はこれ以上片山を叱ったところで無駄だと諦めた。 「いや、もういいんだ。飲んじまったのは仕方ない。ただ、いくら飲んでもいいから九時と一時にはそのデスクに着いているように、いいね」 「すいませんでした」 出掛けると言って昨日とは別の黒いトレンチコートを羽織った。 「これから通夜で明日一時に来る」
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