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夏の思い出
「あ、マコちゃん! お口あーんしてあげようか?」
最後尾のシートに座り、バスに揺られながらボーッとのどかな景色を眺めていると、江本の甲高い声が聞こえた。次に素っ気ないマコの声。
「大丈夫。右手は使えるから」
窓から声の方を向けば、マコの隣に座る江本がポッキーの箱に手を突っ込んでる。
「いいから、いいから、ほらぁ、あーん」
マコは「なんなの」とツッコミながら口を開けてポッキーを食べる。江本は俺を見てニカッと笑った。
「リュウちゃんもほしい?」
「いや、いらね」
ふたりの仲睦まじい様子に若干イラつきながらまた窓の外を眺める。
男子校あるあるなのか、みんなよりちょっと華奢で、ちょっと可愛い顔をしているマコは妙に男達にモテる。まぁ、外見だけのことではないのかもしれない。マコはいつだって穏やかだし、愛嬌もあるし、野球部のクセに男臭いところがあまりない。いわゆる姫ポジにすんなり収まってしまうし、本人もそれに対して「まぁいいや」と諦め受け入れてる感じだし。
肩をトントンと叩かれ、もう一度そちらを向けば、今度はマコが右手でポッキーを持ってた。
「はい、リュウちゃん。期間限定のだよ。シチリアレモンだって」
「お、おう」
口元にあるポッキーに思わず口を開くと、マコは当たり前のようにポッキーを口へ入れた。齧るとパキッと音がして甘酸っぱいチョコが口内を満たす。
「美味しいよね」
「……うめぇ」
「うんうん」
マコはニコッと笑い、手に持った俺の食いかけをポリポリ食べてる。
まぁ、こういうことを自然にできちゃうあたりがマコの姫要素なんだろう。本人が無自覚なのが厄介だが。
「もうすぐ着くぞ。荷物まとめろよ。ゴミ置いてくなよー」
監督の声に「はーい」と全員が返事をして食い散らかしてる菓子やペットボトルをバッグへ押し込む。そうこうするうちに、登坂だった道が平たんになり、道路脇に旅館や民宿がちらほら見えてきた。
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