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バスは背の低い建物を通り過ぎ、だだっ広い駐車場に入って停車した。プシューとドアが開く。
「着いた~」
前方の席に座る一年たちがぞろぞろ降りていく。そのあとに続いた江本が、バスから降りた途端、ウーンと長身を伸ばして深呼吸した。
「ひゃーーっ! すっずしい~! こーげん最高っっ!」
「ホントだぁ~。涼しいねぇ」
ニコニコと同じように深呼吸するのはキャプテンの昇君。ポジションはセカンド。一番守備が上手くて、職人みたいに黙々なプレイをする地味なキャプテンだ。ちなみに江本はエースピッチャー。
「おい! そこで立ち止まるな! 邪魔だろ!」
「は~い」
「松川コエー」
バスの昇降口を塞ぎ、のんきにいつまでも深呼吸している二人に、すかさずツッコミを入れたのは松川。チームの要のキャッチャーだ。スラリとした長身で、見た目『キャッチャー』というタイプじゃないんだけど、強肩が売りのチーム一のモテ男。
試合観戦に集まる他校の女子の九割は松川目当てと言っても過言じゃない。フライが上がってキャッチャーマスクを外すたびに、相手チーム側の応援席から黄色い悲鳴が上がるのがちょっと面白い現象だ。
「あ、真琴先輩! 持ちます!」
「え? そう? ありがと」
俺の後ろでマコと一年の郷の会話が聞こえた。
「ゴウ。他の一年と一緒にバスから荷物下ろせよ。マコ、ほら」
バスからアスファルトへ降り立ち、振り返って郷に命令する。マコへ右手を差し出すと、いつも淡々としていて静かな眼差しの目が一瞬だけ見開き、面白がるようにきらめいた。一段高いステップに立ったまま俺を見てクスッと笑う。
「うん。ありがと。リュウちゃん」
左手首を負傷して、白い三角巾で首から腕を吊っているマコ。右肩に掛けていたスポーツバッグを肘まで下ろすと、俺の手に手を重ねた。ズルズルと持ち手が俺の腕へ滑ってくる。
「よっと」
悪戯なスキンシップにドキドキしながら、何事もない顔でそれを右肩にかけた。それからもう一度マコの右手を掴む。
「ゆっくり降りろよ?」
「大丈夫だってば。ただの骨折なんだから」
「だからだろ? 骨に響かないようにしろよ」
「はいはい」
マコのポジションはファースト。俺はサード。そしてさっきの郷が一年ながらショート守っている。
今年の夏。七月の県大会。決勝戦でチームは涙を飲んだ。三年の先輩達の夏が終わった瞬間だった。泣き崩れる先輩達。先輩と途中交代してキャッチャーをしていた松川も泣いていた。俺は昇君とマコと江本……四人でベンチに座りその光景を見ていた。
涙は出なかった。ただただ悔しかった。甲子園出場の夢は来年に持ち越された。先輩が引退した夏休み、すぐに二年生を主軸とした新しい一軍メンバーも決まった。
そのミーティング終了後、事件が起こった。
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