夏の思い出

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 あーあ。……明日で合宿も終わりか。十日間、あっという間だったな。  隣でスヤスヤ眠るマコの寝顔を見守る。  最近、マコの元気が無い。というか、日毎に沈んでいく感じ。野球出来ないのが辛いのかな。そりゃそうだよな。辛いに決まってるよな。  昼間のことを思い出す。やはり同じように合宿に来ていた、他校のチームと練習試合中だった。マコはBチームの手伝いでいなかった。  俺の打順は五番だった。二点差で負けてる九回裏。三番の郷と、四番の松川がそれぞれヒットを打って、ツーアウト一塁、三塁。一打逆転のチャンス。ツーアウトだから松川もホームを狙う。俺が打った瞬間、打球を見もしないで走る。だから責任重大だった。練習試合とはいえ、大事な場面。ここで結果を出したい。そう思いつつ緊張の中打席へ入った。  ツーストライク、スリーボールまで粘って打った瞬間「ぃやったぁっ!」という歓声が耳に届いた。その声を確かめる間もなく三塁コーチャーが腕をブンブン回す。松川が三塁を蹴った。打球がレフトとセンターの間を抜ける。同点だ! と思った瞬間に、センターがボールを取り零した。 「竜崎! 走れ! 走れ!」 「え? うそ?」 「回れ回れ!」  セカンドベースを蹴って慌てて三塁へ走る。「滑り込め」というジェスチャーをする三塁コーチャー。打球が迫ってくる気配に、俺は頭を低くして三塁に滑り込んだ。その瞬間、ヘルメットに衝撃をくらった。どうやら外野からの返球が当たったらしい。ドッとベンチが沸く。 「は、走れ! 竜崎! ホームホーム!」 「っ!」  コーチャーの指示に慌てて身体を起こし、ベースを蹴った。結局、相手のエラーもあって、俺はランニングホームランでホームへ生還し、一点を追加。新チームの初試合を劇的な逆転勝利で飾ることができたのだった。  あの時、打った瞬間、確かにマコの声が聞こえた気がした。なのに試合が終わった時、マコの姿はなかった。合宿所で晩飯を食いながら、マコにさり気なく試合の話をしたら「へー! すごいじゃん! しかもラッキーだったね! で、頭は痛くない?」と言われて……。  やっぱり空耳だったのかと思った。でも、本当に空耳だったのかな? もしかして、見てたんじゃねーの? って、なぜか聞けなかった。
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