雨の日の教室にて

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お題【雨】【自傷癖のある優等生】 弱いが永遠と感じるくらいの長い雨が降り続いていた。雨粒だけでなくジトジトと湿気た空気さえ校舎内に詰まっている。ポツと窓の縁からまた一粒落ちた。 梅雨というにはいささか季節外れだが、ここ数日はこのような雨が降り続く。 こう雨ばっかり続くと気分まで自然とブルーになってしまうから不思議だ。嫌な気持ちだ、天候なんかに左右されてしまって。本当に嫌な気持ちだ。 僕は教室までの古い階段を重い足取りのまま登って行く。 外で雨が降っているというのに傘を教室に忘れてしまうとは僕は少し呆けているのかもしれない。それもこれもこの雨のせいだ。ポツとまた一粒落ちた。 しばらく歩くと廊下の奥にある教室に着いた。僕は背伸びをしてドア越しに誰かいるか確認した。気まずい空間に入ってしまったら後悔してしまうからだ。 (よし) 心の中で小さくガッツポーズをとった。 教室内には優等生君だけが残っていた。どうせ勉強でもしているのだろう。真面目なやつだ。 優等生君は僕のクラスの学級委員であり、そのあだ名の通り優等生である。 彼は窓の外を眺めているのかこちらからは顔が見えない。黒い髪が雨で丸まっていた。 雨粒百個分ほどにもなる長い時間が過ぎる。相手は気づいていて黙っているのかはたまた気づいていないのか。よくわからなかったので僕は覚悟を決めて教室に入る。 レールに合っていないドアはガラガラと音を立てた。その音で気がついたのか優等生君が僕のことを振り返る。 気づいていたのか優等生君は特に驚いた様子もなくこちらを見た。冷静そうな目がこちらを覗いたような気がした。 いつもと違いワイシャツの裾を折っている。なので自然とそちらに目がいった。 不器用にめくった袖の中の細い腕。色白の肌に真っ赤な血が一筋垂れている。 爪で引っ掻いたような不自然な引っ掻き傷。古いものもあるが一番新しいのは多分ーー今さっき。流れる血を全く気にせず、優等生君は僕に話しかけた。 「見ちゃった?」 彼は雨の音でかき消されそうな弱々しい声とともに申し訳なさそうに微笑んだ。それが余計にいつもの通りであった。 「血が出てるよ」 こういう時はどの様に声をかければいいのだろうか。僕は一単語一単語を選ぶように話した。 「知ってる」 優等生君はさっきとは打って変わってぶっきらぼうな調子で返した。 こちらの言葉を拒むような言い方に僕は何も返せなかった。お互いにそれぞれ言うこともなくなり静かになる。雨音がやけに大きく聞こえた。何か言うことは。 「ティッシュいる?」 ポケットにティッシュが入っていて良かった。 「いる」 ティッシュを渡すと優等生君は無言のまま手当を始める。話す内容はまたなくなった。慣れているのか三分ほどで手当ては終わった。 「あのさ、」 こっそりと立ち去ろうとした僕に優等生君は問いかけた。 「何」 「言わないでくれないか」 どうして隠したがるのかわからない。ぼくだったらみんなに直ぐに伝えてしまうのに。その旨を伝えた。 優等生君は嘲りの念すら浮かべて返した。 「君にはわからないだろうね」 まるでぼくが異常で優等生君が正常であるかのように彼は語った。ぼくは優等生君の方が異常だと思った。 「わかってたまるか」 驚くほどすんなりと言葉が出た。 優等生君は何も言わずにいた。そして、こちらに向かって手を振った。あっち行けというジェスチャーだろう。 (言われるまでもない) そそくさと出ようとする僕に思い出したように優等生君は一言言った。 「傘」 (忘れるところだった) 慌てて傘を取った。優等生君は特に聞かれてもいないのに理由も言った。 「明日は小テストもないし忘れて困るのはそれくらいでしょ」 僕は返事をしなかった。 今度こそ僕は外に出た。雨はまだ降っていて、心なしか強くなったようだった。 優等生君の腕にはまだ傷がある。
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