勝者のたわごと

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勝者のたわごと

 陽はとっくに世界を支配していた。ほのかな灯りにほっとさせていた心はもう明るすぎる光に寄りそうことはできない。  ロンは握った拳を大きな柱にぶつけて「痛い」と唸った。痛いのは自分の心で、血が滲んでいるのも拳だけじゃない。 「何をわたしは学んできたんだ?」  国の成り立ちや、世情、歴史など、自分は申し分なく頭に入れてきたと自負していた。だが、それは事実なのか。実際、魔族の事など知らなかった。 二宮の話だとこの国はもともと魔族が支配していた。と、なると侵略したのは創始帝だということにならないか。  右腕と言われた応龍が大きな役割を果たしたのは間違いない。相手は獣化できる兵士相手だったはずだ。ただの人間が太刀打ちできるわけが無い。  応龍は天帝からの賜り物なのでは無く、その行いの残虐非道さに天界を追放されたのではないか?  火薬を使った新しい武器と最強の魔物の力で創始帝は国境を越えた。  そして――、 戦いに敗れ、支配下に置かれた魔族は、どんどん独自の文化を奪われ自らの特徴を消していく。しかし、彼らの魔力を取りこむことで力を得るという目的だけが生きていた。  歴史はいつも勝者のたわごとだ。  聖戦なんて嘘っぱちだった。 「どう考えてもこっちのほうが説得力がある」  自分の国の正当性を信じたい。創始帝の人徳を疑いたくない。時を遡って本当の事を知りたいとロンは切実に思った。 「わたしはこの国を愛している」 「シュンラン、しばらく三宮さまがキサヤを寝所に呼ぶのを阻止してくれないか」 「嫌よ、そんな無粋なこと」  ロンの頼みを三宮の女官長はきっぱりと断った。 「帝のお達しだぞ、いいか、わたしも逃げられないが、君も一蓮托生だからな」 「なんだか、自分だけ逃げたくて仕方ないって言ってるように聞こえるけど?」  言ってるんだよとロンは胸の内で盛大にぼやいた。これから自分はまたコソ泥のまねをしに行くところなんだ。 「了解?」 「分ったわ。キサヤはともかく三宮さまを思い留まらせるのは至難の業よ、手が早いんだから」  シュンランの言葉にロンは苦虫を噛んだような顔になる。ロンはもともと三宮には良い印象を持っていなかったところにこの問題だ。キサヤが気にかかればかかるほど、ロンの三宮像は悪化を辿っていく。  つまり、一宮の『飾りの妃』を寝取ったってことじゃないのか? 「君は三宮さまと親しい間柄なのだろう? なんとかしろ」  ちょっと当てつけのようだと自分でも思うが言わずにはいられない。なんで三宮をキサヤが慕っているのか理解に苦しむ。無理やり側に置いているとはとても思えず、なんだか無性に苛々して話を打ち切った。  早く気持ちを持ち直さないと、ささいなことで失敗しそうだ。 「先生、ロン先生」  身を翻して三宮を出ようとしていたロンは、自分を呼びとめる声にぎょっとした。 「どこに行かれるんですか? 今日の授業は?」 「それは」  今は会いたく無かったと振り返ると、キサヤが側まで走り込んで来た。無駄に元気がいいと愚痴りたくなる。とはいえ、キサヤはまだ十七歳のがきだ。 「朝から騒々しい」  大人の余裕を見せて出された手をぱちんと弾いてやると、キサヤがふんっと足を踏ん張った。 「だって、先生。昨日も来てくださらなかったじゃないですか」  むっとふくれるキサヤにどきりとしてしまう。たかがふくれっ面の青少年に胸をはずませるなんて自分はどうしてしまったのか。  そう思っても見上げる顔が麗しいことは否定できない。だからと言って相手は女装した娼夫でもなく、官服を着ている三宮の侍従だ。 「いい歳してふくれるんじゃない」 「だって」 「だってじゃないだろ、目上の者に向かって」  すみませんと頭を下げるキサヤにどこか人と違うところが無いかと素早く視線を巡らすが違いなど分らない。  いや、美醜で言えば他に例を見ないくらいの華やかな美貌の持ち主で、透き通るような肌なんか、比べる対象が無いと思う。一人いると言えば要るが、彼は別格でしかもロンは彼をそんな目で見たくは無い。  尊敬する優秀な官吏なのだから……そこまで考えて、瞬間二宮に抱きついていた妖艶なセイアや、一気に爪が伸びた姿を思い出してロンは大きく首を振った。 「キサヤ、ロン先生は他にご用事がおありになるのよ。代わりにヤン先生が教えてくださるわ。ねえ、それよりも」  シュンランがキサヤの正面に立つ。いつの間にシュンランはこんなに小さくなったのだろうとキサヤは目を見張る。頼りになるお姉さん、今までずっとそう思って頼り切っていた。 「シュンランさんって、可愛いですよね。何で良い人ができないんだろう?」  言った途端にシュンランの手がキサヤの方へ伸びてきて、頬を思いっきり抓られた。 「いっ、痛いっです」 「当たり前よ、痛くしてるんだから。いいこと、わたしのことなんて大きなお世話よ。それよりキサヤ、三宮さまのお誘いを当面断りなさい」 「えっ……なんで……」  そんなに回数を重ねているとは思っていなかったし、今までシュンランが二人の事に口を挟んだことが無かったこともあり、キサヤは意味が分らず口を開けたままになる。  なんか、不作法な事をしたのだろうか? だいたい閨のことの何が良くて何が不作法なのかなんて分らないけど。 「何か、いけない事しましたか? 声が大きすぎました? 四回目を断ったのがいけませんでした? 三宮さまの口に……」 「いい加減にしなさいよ、そんなの勝手にすればいいでしょ」 三宮さまの口にの後、キサヤが一体何を言うつもりだったのかシュンランは考えたくもない。  急いで口に手を当てられてキサヤはもごもごと言葉を飲み込んだ。 「そうじゃなくて理由があるの、今は言えないけど。だけど、キサヤのためであるのは間違いないから。言える時にはちゃんと話してあげるから、しっかり三宮さまを跳ね退けるのよ、いい?」 「後で話してくださるなら、いいです」  頷くキサヤに部屋に戻るように言い置いて、シュンランはやれやれと天を仰いだ。  物分りが良くて良かったと思うが問題は三宮だ。キサヤのことになると丸っきり分別なんか吹っ飛んでいる。四回ですって? どうかしてるわとシュンランはぷりぷりと三宮の執務室へ向かう。  獣といえば、よっぽど三宮の方が獣じみている。後片付けに寝所に入ったときにキサヤが起きていることはまずない。  疲れ果てているのか、気絶してるのかは分らないが全裸で意識を失くして寝台に沈んでいるのを毎回見ると自分が経験したいのか、どうなんだか分らない。 「加減をしろ」  そう言いたいのを毎回我慢しているシュンランなのだ。
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