人事

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人事

「これで全部だと思われます」 「うむ、御苦労だったな、ロン・ウェンユウ」  二宮の後宮のセイアの寝室の真ん中に書物を運び込んで積んでいく。その様子を二宮とセイア、その対角に三宮とリュウ。さらに宰相の趙が囲んで見ていた。 「これをどうなさいます?」 「そうだな、燃やすのが一番だと思う」 「……そうですか」  ロンは二宮の応えに思わず呟いてしまう。どういった経緯で『飾りの妃』などというものが出来上がっていったのか。それを解き明かしたいと思うがそれを今言うのは憚られる。  当人であるセイアの苦悩を考えると言い出しにくい。 「どうした、ロン」  趙の問いかけに「いいえ、何も」と答えてロンは下を向いた。南部に住んでいた種族が魔族だったのだとしたら、今でもどこかにその痕跡があるのではないのだろうか?  ここに居れば自慢ではないが自分は出世するだろう。だが――、気になって仕方無い。 魔族という亜種とは実際どんな生態でどんな種があり、なぜ今のような出生における男女の不均衡がおこるようになったのか? 彼らが築いていたという文化はどんなものだったのか? 知りたい、見たいと思う心を止められない。  科挙を目指して勉強していた頃の探究心が体のどこからか、思い出したように表面に湧きだした。 「あ、あの陛下、お願いしたいことがあります」 「お願い?」 「これ、ロン」  直に帝にお願いなどと言い出したロンに慌てて趙が遮ろうとしたが、二宮がそれを目で制する。 「言ってみなさい、ロン・ウェンユウ」 「はい、三宮さまについて都を下りたくお願い申し上げます」  ロンの言葉に二宮がふっと笑って趙を見ると、趙が苦虫を噛んだように口を歪ませた。 「言った通りになったろう、趙。自分から言ったのだから、わたしの勝ちだ。ロンは貰うよ」 「仕方ありませんな、ロンめ、あれだけわたしが寵用してやったというのに。学者肌の男とは困ったものだ」  趙がため息をついてみせる。何のことか分らずにロンがぽかんとしていると、二宮が種明かしをした。 「わたしが君を三宮についていく官吏に推薦したんだが、趙がなかなか「うん」と言わなくてね。キサヤの勉学の師につけて様子を見ることにしたのだ」 「と、言う事は……」 「まんまと陛下の思い通りになりおって。おまえを高く買っていたのに」  趙が悔しそうに言うのを聞きながらロンは自分が選んだと思っていた道が実は暗に選ばされていたのを知る。だが、そうでなくても自分は行かせて欲しいと思っていたに違いない。  ロンにとって、出世は嬉しい事だがそれに固執する考えは無い。元が商人の出だからか、権力の有無などに興味が持てないからで。出世したいのは、自分の考えを政治に生かしたいと思うからに他ならない。  そうであれば、これから始まる華南に行く方が手腕を発揮できるのではないか? そうならこれが最善の選択だとロンは思う。 「なら、この者も連れて行きたいな」  今まで黙っていた三宮がそう言って手を上げた。 「お、俺? い、いや、わたしですか?」  指を付けられているのはリュウだった。こんな偉い人ばかりの会合に自分がいる事自体がおかしいと気配を消していたはずだったのに。 「気に入ったが、官吏としてはどうなのかな? おまえ、軍を率いる気は無いか?」 「は?」  その場にいた三宮意外の全員がその時のリュウの発した言葉を共有していた。 「それはまた乱暴だな、三宮」  二宮が言った言葉に横の宰相の趙が頷いた。 「宮様のお言葉ではございますが、リュウはまだ官吏としても半人ま……」 「そんなことは分ってるんだよ」  趙の言葉を乱暴に遮って三宮がだんっと足を踏み鳴らして鋭い視線を趙に送る。趙は挙手の礼をして口を閉じた。 「何をお戯れに」――ここに来た時から何度も周りの大人にそう言われてきた。前例が無い、確証が無い、そして後ろだての無い子どもの言うことなど誰も聞いてくれなかった。  だからと言って拗ねているのではない。ここで変えられないのなら、新天地で自分のやり方を進めて行きたいと思っている。そうでなくては行く意味なんてあるのか。 「半人前なのはわたしも一緒だ。だがな、華南には頭の禿げあがったような官吏なんか一人として要らない。今までの慣習や前例に縛られているような人間なんかに用は無い」  自分の思いをどう言えばいいのかと言うように三宮はぐっと唇を噛んだ。新しい場所で新しく始めるためには手垢のついていない人材が必要だと三宮は思う。軍についても、しきたりや軍閥同士の争いなどしている暇は無い。 「華南は、実際に戦える軍隊が要る。様式美や型など無意味でしかない。今の軍が、将軍たちが一度でも戦ったことがあるか? リュウには軍師兼省軍大将として実戦のできる軍を作ってもらう」 「お、俺……わたしにはそんな大それたことなんて」  あまりの事にリュウは緊張で吐きそうになった。  嘘だろ? 文書配達ぐらいの仕事しかやってなかったんだぞ、俺は。もっと頭を使う仕事をと思ってはいたが、まさかそんな。っていうか、何で官吏じゃなくて軍なんだよ。 「三宮さま、わたしは軍に関しては基本的なことしか知りません。ご期待に添えるとはとても思えません」 「リュウ」  例の冷たい調子で三宮が名前を呼び捨てる。そうだった――リュウは初めて三宮に会った時に戻ってしまったように体中の毛が総毛立った。俺は宮様相手に何で気安い気持ちになっていたのか。 「は、はい」 「おまえの実家は左軍の軍将だろ。南部の出なんて言ってばれてないと思っているのか」 「げっ」  思わず、声を上げてしまいリュウは冷や汗をかいた。いつの間にそんなことまで調べていたのか。確かにリュウの実家は左軍の次将、秀家であるが、家督は継ぐべき長男がいたために二男である自分は官吏を目指した。家にいたのではいつまでも二番手だと痛切に感じていたからだ。別の道を選んでやると一心不乱に勉学に励んで三回目にやっと科挙に受かったのを機に家とは縁を切っていたはずで。  リュウは母親の姓だった。 「秀 頴……の息子か。そなた、そう言えば目のあたりが似ているな」  二宮がふんわりと笑って三宮に向く。 「にしても、さすがは我が弟だな。面白いじゃないか、なあ趙」  話を振られた趙はやれやれと首を振った。近年、皇族の中で政務に感心のある者はまれなことだった。一つの王朝が長く続くと跡目争い意外には混乱の目は見当たらない。まわりの官吏が先例にのっとって漫然と政局を動かしていても揺らがない。そんな世の中では政り事に生きがいを感じるという方が難しい。  例に漏れず、先帝も一宮もまるで政務には関心が無かった。 だがその弟君の二宮は違っていた。小さい頃から三宮は二宮に懐いていたが、それが良い結果になったのだろうか。  妾妃腹ということで、名目だけでも与えられる官位やろくな仕事も無いままに放ったらかされていた三宮は放蕩宮などと噂が立てられているが、本人を知っている者がその中に何人いることだろうか。  人を貶めることでしか自己を保てない者が多いこの宮中は、確かに三宮には暮らし難いのかもしれないと趙は思った。 「その件については後で考えるとして、今は先宮妃と宗人府のことだな」  二宮の言葉に彼の横にいたセイアがびくりと震えて、そっと二宮の長い袖の端を握りこんだ。 「三宮、そなたは今晩、キサヤを寝所に呼ぶのだ」 「兄上」 「本人を寝所に入れるのはお止めください」  三宮が抗議する前に今まで石のように黙っていたセイアが声を上げた。 「キサヤはまだ獣化を完全には制御できないのです。わたしが、キサヤの代わりに三宮さまの寝所に行きます」 「な、何だって?」  三宮と二宮が同時に声を上げた。 「それはならぬ、だいたいそなたとキサヤは似ていないではないか」  今まで悠然としていた二宮が急に苛々と隣のセイアの肩を持って自分に向かせる。 「わ、わたしだってキサヤを裏切るわけにはいかない」  憮然と言う三宮は明らかに大汗をかいていた。 「部屋に入ったところで入れ替わればいいのです。陛下、他に案があると思いますか? 三宮さま、キサヤを守るためということをお忘れではありませんか。顔は確かに似ていませんが背格好は同じくらいだと思います」  先宮の兵は、キサヤが獣化しないか伺っているはずだった。何もおこらないのでは罠にかけることもできない。そして、獣化を解くのが遅れるとこれはまたやっかいなことになるのは目に見えている。その上、キサヤの背が最近伸びてセイアと並ぶくらいになったことも真実。  それをセイアに指摘されて、二宮も三宮もぐうの音も出なかった。
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