逢瀬

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逢瀬

 湯気越しに見るキサヤは、また可愛いし、色っぽかったと濡れた着物を脱ぎ捨てて新しい夜着に着替え、寝台に腰を降ろしながら三宮は相好を崩していた。  色んな取り決めや段取りなんて無ければいいのに。なんで、浴室で抱き合っちゃいけない? キサヤは自分の伴侶なのだ。夜が来れば一緒に寝台に入り、愛し合って朝まで同じ床にいたい。朝食だってそのまま一緒に摂りたい。  なんでそれが前代未聞なのか。  なんでそれがわたしの我儘になるのか?  もし――。  南に行けば、それが変わるのだろうか。十三歳で宮様だと連れてこられてから、ここはずっと息苦しかった。それでも慣れようと、慣れない自分はおかしいのだと思ってやってきた。  同じような境遇のキサヤと会ってどんなに嬉しかったか。キサヤと一緒なら我慢すると思ってもいたけど、やはりここは自分が自分でいられない。 早くキサヤと南に行きたい、三宮は切実にそう思った。 「三宮さま、お待ちのキサヤ参りましたよ」  シュンランの声がして戸が開く。キサヤが入ってきた瞬間から花のような匂いがして、三宮は寝台を飛び降りた。 「早く二人きりにしてくれ、終ったら呼ぶから」 「三宮さまったら、そんなあからさまに言うなんてっ」  キサヤの抗議にも三宮はどこ吹く風で、シュンランがいるのに腰に手を回してくる。 「はいはい、わたしは出ていきますけど。そんなにがっつくと嫌われますわよ、三宮さま」  ふんっと鼻から息を出して、シュンランは三宮が脱ぎ散らかしていた濡れた着物を抱えて部屋を出て行った。 「んもうっ、シュンランさんがいる前では止めてくださ……」  キサヤの文句は途中で途切れる。言えなかった言葉は熱い舌で溶かされて消えた。腰に一か所しかない紐がするりと解かれ、着たばかりの一重の着物は音も立てず足元に落ちる。  ――ああまた灯を落してないのに。 何回言っても三宮はわざとなのか照明を落としてくれない。何度同じ場面になっても恥ずかしい。そう言っているのに。  合わされた唇に歯を立てると「何?」と銀の目が尋ねてくる。きらきらと光を受けてきらめく瞳に自分が映っているのを見ると幸福感で一杯になる。  好きになってから、いつかはこの気持ちにも慣れてきて三宮に普通に接することができるようになると思っていたのに。  二年近く経っても、会えばキサヤの「好き」は毎日足し算されるばかりで落ち付く事が無い。積み重なっていく「好き」に全身埋まってしまい、息ができない。見つめられて抱きしめられると胸が一杯になる。  自分はおかしいのだと思う。世の中の恋人同士だって毎回舞い上がっていることがあるんだろうか?  「キサ」と呼ばれる低い声が好き。薄くて大きな唇も、ちょっと強引に進めがちな筋張った長い指も好きで。  他にどんな言葉で言えばいいのか分らない。  好きで好きで好きで――。  端正なきつい顔立ちの眉間に皺を寄せて耐えている表情を見るとそれだけで腰が砕けそうになる。  寝ている無防備な時だって――と、上げればきりが無い。  どんな時だってキサヤが嫌いな三宮はいないのだから。  だからダメなんだとも思う。ちゃんと話をしようと思うのに、三宮に会ってしまうと足が地につかないみたいで思っていることの半分も話せない。  言いたいことも、ふわふわ浮きあがっているうちに忘れてしまっているのだ。思い出すのは部屋に帰ってからなのだから始末が悪い。  三宮の仕事が忙しいせいで、二人きりで会えるのも十日に一度くらい。自分が早く一人前に仕事ができればいいのにとキサヤは思う。  夜は結局こっそり獣化して三宮の部屋が見える塀の上に潜んでしまう。真面目な顔で執務に励む三宮を眺めながら、早く一緒の部屋に居られるようになりたいと願う。でもきっと、一緒にいるのに手を出さず、仕事に精を出していたら自分が耐えられず抱きついてしまうに決まってる。  そんなことを思いながら三宮が寝ると、そっと自分の部屋に戻っていくのだ。 「キサ、何考え事してるんだ?」  気がつくと体はもう寝台の上で、もどかしそうに三宮が自分の夜着を脱ぎ捨てていた。 「索冥さま」 「キサ、今日は何を勉強した?」  質問をするくせに三宮は返事を聞いてはいない。キサヤも返事が途中から言葉にならなかった。  首筋に口を寄せられて、片手はもう脇から胸の辺に来ていた。ざわっと鳥肌が立つみたいに粟立って、すぐに熱を持っていく。それはこの先の官能を知ってしまったからに他ならない。爪で指で掌で、弾かれ、触れられ、撫でまわされる。  いつまで正気でいられるだろうかと怖くなる。 「あああん……はあっ」  声を押さえておけなくなってひっきりなしに声を出してしまう。煩いって思うんじゃないかと心配になるが口に手を当てるのは三宮が嫌がる。 「キサ、声出していいから。声だってなんだってわたしが全部食べるから」  ほら、と言って三宮が口元にあったキサヤの手を口に含んだ。  わざと音を立てて吸われてもどかしい熱が下に溜まっていく。内股やお尻をやわやわと揉むのに核心にはなかなか触れてくれなくて。焦らされてキサヤのもう一方が顔を出してくる。 「さく……めい……さま……あんっ、お願いっ」  キサヤの瞳の真ん中に金の線が浮き出てきた。キサヤが普段隠している獣の部分は本能に忠実で、こうなるといつものキサヤとはぐんと違ってくる。 「索冥さま……早く触って」  出てきた? キサヤの指を口から出して三宮はキサヤの瞳を覗き込んだ。最近抱き合っているとキサヤの獣性が容易く顔を出してくるようになった。本人はまったく気がついていないし、前とは違って自分を敵視しているわけじゃない。それより獣性が表面に出るとやけに色っぽく積極的になる。  白い陶器みたいな顔が上気して黒目が金色に光っているのがすでに艶っぽい。何も塗っていないのに赤い唇が半開きになって、そこから鋭い犬歯が覗いていた。 「どこを触ればいいのか、言わなきゃ、キサ」 「もっと下……ここ、ここを触って……指と同じように舐めてください」  自分で勃ち上がった所を見せつけるようにしてお強請りするなんて普段ならあり得ない。妖艶な笑みを浮かべて誘うキサヤに三宮はこっそり笑んだ。白い足首にはところどころ金属めいたきらめきを持つ鱗が生えてさえいる。  きっと、他人がこの光景を見たら腰を抜かすかもしれない。三宮が組み敷いているのが人間では無いことが一目瞭然なのだ。絡む足と三宮の腰に絡む尻尾の先がゆらゆらと揺れているのだから。  でもこれが、自分だけの、自分だけが見る事が許される姿だと思うと三宮は嬉しい。獣の部分も残らず愛おしいと本心から思う。  きっとキサヤが獣化してしまっても離れられないと三宮は思いながら、片手をキサヤのお尻に回した。 尻尾の付け根から上に向かってゆっくり撫でるとキサヤが大きく声を上げる。こんなところが感じるなんて思いもしなかった。尻尾はキサヤの性感帯らしい。  何から何までキサヤは特別で、キサヤの代わりなど思いつかない。  潤んだ長い睫毛に縁取られた大きな瞳も、ぷっくりとした唇から覗く白い犬歯だって。  好きで好きで堪らない。  誰もいないところで甘えてくるところも、拗ねて文句を言う時も。行為が激しすぎて寝落ちしてしまった横顔だって。  つまり、いつだってキサヤは可愛い。本人は隠してるつもりだろうが、もっとたくましくなって守りたいと思っていることも透けて見える。  体が逞しくなるのは勘弁して欲しいがそんな風に思ってくれている存在がいるということがどんなに心の糧になっているか分らない。  キサヤがいるから、キサヤと一緒にいられるから頑張れる。未知の場所に行くことですら楽しみなのだ。諸手を上げて反感を買うだろう場所に行くというのに楽しみでならない。  事前準備のための仕事が遅くまで続いても未来を信じているから辛くない。 「もう、イキたい?」 「イキたいです……」  素直なキサヤに御褒美と、三宮がキサヤのモノをぱくりと咥え直して舌で包みこむみたいにしながら口を上下するとキサヤの腰がびくびく震える。 「……あああ……もうだめ……出ちゃう」  勢い良く三宮の口内に欲望を吐き出してキサヤは弛緩して布団に沈み込んだ。三宮は口に広がるキサヤの白濁を味わうようにゆっくり飲みこむ。皇族は魔族の体液に酩酊する、あるいは依存すると言われている。  他の者には美味しいと感じられないということだろうが、こんな旨いものを他人と分かち合うなんてごめんだし、知って欲しくも無い。  キサヤの全てを知って、キサヤを丸ごと好きになるのは自分だけでいい。他の誰かがキサヤの名前を出すことすら嫌だ。  本当なら後宮に閉じ込めて自分だけ見てもらいたいし、見たい。そんなこと言ったらキサヤは怒ってしまうだろうけど。  香油をたっぷりと塗り込んで指を差し入れながら、ふいに今日見た若い官吏の手を握っていたキサヤを思い出してしまう。  絶対あの官吏はキサヤに気がある。キサヤを前にしてその気にならない男なんていないのではないか。三宮は本気でそう思っている。 「キサ、挿れるよ」  嫉妬心で抑えがきかなくなって三宮は指を引きぬくと、まだ解しきってないキサヤの蕾に自分の剛直をねじ込んでいった。 「うあわああっ、嫌っ、やめっ……」  あまりの痛さに悲鳴を上げたキサヤの声に二つ隣りの部屋に控えていた女官が立ち上がった。 「何か、大変なことがあったのかしら」  お湯の用意をしに行ったシュンランも居ず、新人の女官は何があったのかと急いで三宮の寝所に向かう。ここにシュンランがいたら酷く怒られていただろう。 「閨での悲鳴なんか放っておけ」  そう言って三宮の合い図があるまで控えているはず――だった。 「宮さまっ、なにがあったんです」  飛び込んだ寝所の先の光景に女官が、今度は悲鳴を上げて戸をそのままに飛び出して行った。  一瞬何が起こったのか分らなかった三宮が、はっとキサヤの姿を見下ろして青ざめる。今のキサヤを見られたに違いない。 「索冥さま、どうしたんでしょう?」  興奮が醒めて体から獣性が消えていくキサヤが顔色を失くした三宮を見上げた。急いであの女官が要らぬことを吹聴する前に口止めしないといけない。 「キサヤ、ここに居ろ」 「索冥さま、どこへ?」  何か三宮の気に障ることをしたろうか? 性急すぎる挿入があまりに痛くて声を上げたのがいけなかった? 布団の上に置き去りにされてキサヤは途方にくれて座りこんだ。 「誰かっ、三宮さまがっ」  どこをどう走ったのかも覚えていない。まだ新人で宮中の様子も分らないせいでここがどこかももう分らなかった。
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