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それから数日経たないうちに、国内の鮭需要が、供給を上回った。それは日本だけではなかったらしく、むしろ日本から派生して、世界各地で鮭の需要が跳ね上がった。そこから世界の流れは速い。国際的な動物保護団体が世界的なサーモンの乱獲と大量消費の現状を訴え、それをうけた各国が鮭の漁獲量の減少に乗り出した。伴って、主要な鮭産出国達は鮭の輸出を絞りはじめ、供給を得づらくなった諸国には密漁品が出回るようになった。各国の行政府は密漁業者の摘発に手を焼き、己の面子をかけて徹底的な取り締まりに乗り出した。中には、鮭だけの規制は難しかったのか、漁船・漁港を規制や取り締まり対象にしてしまい、結果的に海産資源全てを民間の手から奪った国まで現れた。
日本でも鮭は高級食材となり、町中からは鮭、シャケ、サーモンと名の付く物は消え、今では口にできなくなった。そして、それ以外の海産物も私大ん見かけにくくなっていった。数か月前に加賀の街で鮭が流行っていたのが嘘のようである。
内陸国は魚介類を自力で手にできる沿岸国を妬み、沿岸国は規制による産業への打撃を受けずに海産物を得ている内陸国を軽蔑するようになった。この内陸と沿岸の確執は進んでいき、国際情勢はみるみるうちに悪化してゆく。海産資源の提供を渋る沿岸国に対して内陸国は鉱山資源などの輸出減を行い、対抗するように沿岸国は海産物以外の物すら海運によるものであれば高い関税をかけた。石油や天然ガスなどのエネルギー資源を自国で生産できない国々は、国民の生活を圧迫せざるを得なくなっていった。
ついに、エネルギー資源と海産物を巡って戦争が各地で始まってしまった。テレビは連日連夜、新しい戦火の灯りを伝える。民の食糧を得る為に、自国の経済と生産活動を回す為に──理由はそれぞれだが、始まりが全て”鮭”であることは、誰一人として気付かない。加賀が見上げる電光掲示板も、広がり続ける戦乱をただ嘆くばかりだ。
そのとき、街に爆音が響き渡る。人々の悲鳴に加賀が振り返ると、少し先で爆炎が上がっていた。何が原因かは分からないが、長距離のミサイルでも落ちたのかもしれない。加賀がそう考えているうちに、自身の身体が爆風にさらわれ、間もなく炎に包まれる。目の前が紅色に染まってゆく。まるで、あのとき食べた焼鮭のような紅色に。焼鮭を彷彿とさせる炎の中、散りゆく意識で加賀は
「あのとき、鮭を頼まなければ──」
とつぶやいた。
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