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「全く、信じられませんな……我々の時代から、八十年も時が経っていようとは……」 小室少佐はため息をつき、湯呑みの茶をすする。 航空自衛隊岐阜基地、司令室。応接ソファーに池田曹長と並んで座る彼を、団司令の桐山空将補はじっと見据える。 精悍な顔立ち。年齢は三十代だろうか。中肉中背で、身長は160センチメートルくらい。池田曹長は彼よりは明らかに若い。まだ二十代だろう。 「少佐、お気持ちはわかりますが……これは事実です」 「そうでありましょうな」少佐は湯呑みを置きながら言う。「あの機体……エフジュウゴ、と言いましたか? 爆撃機並みの大きさなのに、速力も敏捷性も……全くもって素晴らしい。我々の時代では、ようやくジェット機が試作された、というくらいのものですからな。あのような機体が空を守っているのであれば、さぞかし我が日本も安泰でありましょうな」 そこで少佐の笑顔に幾分の皮肉が混じる。 「もっとも、あれがあの憎っくきボーイングの手による機体、というのは、いささか気に入りませんが……アメリカに負けてしまった、とあれば、仕方ありますまい。それなのに、わが国がここまで豊かに発展しておるとは……感慨無量であります」 「その通りです」 桐山団司令は素直にうなずいて見せる。 306SQの二機にエスコートされてこの基地に到着した二人は、最初のうちは世界のあまりの変わりように呆然とするだけだった。そこは確かに彼らのホームベース、各務原飛行場。だが、今や滑走路は二千七百メートルに拡張されている。昔の面影はどこにもなかった。 しかし、少年時代にウェルズの空想科学小説「八十万年後の社会("The Time Machine")」を読んでいた小室少佐は、自分たちがタイムスリップしてきた、という状況をすぐに受け入れた。 そして彼は、やはり飛行機好きな男だった。特に、この基地には飛行開発実験団があり、所有している機体のバリエーションは群を抜いている。少年のように目をキラキラさせて見て回る少佐に、ついつい桐山団司令も説明が長くなってしまうのだった。 そろそろ本題に入らなくては。桐山団司令は身を乗り出す。 「ところで、小室少佐、池田曹長……お二人は今後、どうなさるおつもりでしょうか?」 「できれば、自分は自分たちの時代に帰りたいでありますな」少佐は即答し、隣の池田曹長を振り返る。「池田、貴様もそうだろう?」 「ええ。自分には妻がおりますので……」池田曹長がうなずいたのを見て、小室少佐が続ける。 「この時代の技術なら、それも可能なのではないですか?」 「それがですね……」桐山団司令は顔を曇らせる。「今の科学技術をもってしても、過去に戻る時間旅行は不可能なのですよ。ですから、お二人を元の時代に戻すことも……残念ながら……」 「そうなのですか」少佐は悲しげに目を伏せるが、すぐに顔を上げる。「ならば、なぜ我々はこの時代に来られたのでしょうか?」 「それも……わかりません。偶然に何らかの作用が働いた、としか……」 「我々は、エアポケットに落ちたと思ったら、いきなりこの時代の空にいたのです。ひょっとしたら、また同じようにエアポケットに落ちたら……元の時代に帰れるのでは……」 「それもあり得る話ではありますが……その、エアポケットに落ちたという正確な位置は、分かりますか?」 「そうですね……ジャイロコンパスを信じるとすれば、おそらく白山上空ではないか、と思われますが」 「!」 桐山団司令は思わず目を見開く。確かに、標高が高い山の山頂上空は、山岳波と呼ばれる乱気流(タービュランス)が発生しやすい。そして…… 白山は日本三霊山の一つにも数えられる、神秘的な山なのだ。何か不思議な力が働いたとしても、おかしくはない。そういえば、306SQの二人のパイロットも、新司偵を最初に発見したのは白山にほど近い空域だと報告していたな、と彼は思い出す。 「しかし……わざわざ乱気流に巻き込まれに行くというのは、我々としても決してお勧めできるものではありませんが……山岳波は危険ですからね」 「それは重々承知しております。しかし、それしか心当たりがないのです。何卒(なにとぞ)、ご協力を……」 そう言って、小室少佐と池田曹長は、そろって深く頭を下げる。 「わかりました。ただし、操縦不能になったらお二人とも絶対に脱出してください。これがお約束できれば、協力いたしましょう」 「……ありがとうございます!」がばっ、と上がった少佐の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。そしてそれが、少し照れくさそうな苦笑に変わる。 「まことに図々しくて申し訳ないのですが……実は、お世話になりついでに、もう一つお願いしたいことがありまして……」 ---
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