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「それじゃ、計測はお願いしますよ」 短波の無線を通じて、ヘッドフォンから小室少佐の声が聞こえてくる。新司偵の右、百メートルほど離れた位置にいるエスコート機、F-2Bの前席で、機長の加藤一尉(TACネーム:カーシー)は応える。 「了解です。だけど、バフェッティング(機体振動)とか起こったら、すぐに減速してくださいよ」 「わかってますよ」 少佐が言うが早いか、新司偵はゆっくりと加速を始める。 高度、二万五千フィート。速度記録への挑戦飛行。速度の計測は、同じ速度で並行して飛ぶF-2Bに搭載されているGPSを使って行う。 「エンジンの調子は上々のようっすね」 F-2Bの後席で、神保二尉が目を細める。彼はこの飛行に付き合うために、わざわざ出張を申請して小松基地からやってきたのだった。 「そりゃ、飛実団のトップのメカニックがいじったんだからな」加藤一尉が応える。神保二尉と彼は、同じ高校の先輩・後輩の間柄だった。 「現在、時速650キロ」加藤一尉が報告する。仕様上の最高速度だ。しかし、新司偵はまだゆるやかに加速を続けているようだ。外から見る限り、その機体に異状は感じられない。もし何かトラブルが発生し、乗員が脱出するようなことになったら、直ちに小松基地の救難隊にホットレスキューがかかる手はずになっていた。 「680キロ」 さすがに加速度もかなり落ちてきた。だが、F-2Bが同じ速度をキープしていると、それでもじわじわと新司偵が前に進んでいく。 そして。 「…… 700 キロ! やりましたね! 日本記録達成ですよ!」 加藤一尉は我を忘れて叫んでいた。 「ありがとうございます……みなさんのおかげです……」 小室少佐も、すっかり涙声になっていた。 その時。 「あ、あれ……?」 加藤一尉は、新司偵の機体が白く薄いもやのようなものに包まれているのに気づく。そのもやはどんどん濃さを増していき、機体の全てを覆い隠してしまう。そして……それが拡散したとき、その中にいるはずの機体も消えていた。 「少佐! 小室少佐! 応答してください!」 しかし、少佐の声は返ってこなかった。 「カーシーさん、彼らは……きっと、元の時代に戻ったんですよ」と、神保二尉。 「そうか……そうだな。俺たちも、RTB(基地への帰投)するか」 「はい」 針路を反転するために機体をロールさせた加藤一尉は、ふと下を見て愕然とする。 「!」 彼らの真下に、白く輝く白山の頂上があった。 「そう言えばね」神保二尉だった。「新司偵って、一〇〇式って言うだけあって、なぜか100って数字に縁があるんですよね。カーシーさん、五式戦って知ってます?」 「ああ。確か大戦末期、飛燕(三式戦)のエンジンを空冷に換装したヤツだったよな」 「さすがですね。実はね、その空冷エンジンって新司偵用に作られてたハ112なんですよ。機体が間に合わなくて余ってたんです。それを、エンジンが間に合わなくて余ってた飛燕の機体に付けたのが五色戦。余り物同士の組み合わせなわけですね」 「それで?」 「で、その五式戦の試作機番がね……キ100、だったんですね」 「……へぇ。そこでも100が出てくるわけか」 その時、加藤一尉の脳裏に閃くものがあった。 「サム、今年は何年だ?」 「いやだなあ、若いのにボケちゃったんですか? 今年は令和七年。2025年ですよ」 「昭和で言えば?」 「え?ちょっと待ってくださいよ……ああっ!」 「そう……今年は、昭和一〇〇年なんだ……」 「……」 神保二尉は言葉を失う。
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