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よく見ると髪も目も黒い。
彼はにっこりすると、
ゆっくりとした英語で話し始めた。
「ここは病院だ。
君は昨夜道で倒れて俺が偶然見つけて連れてきた」
「あなたは誰…?」
少し考えるようにしてから彼は答えた。
「俺はただの旅行者。
日本から来た」
「…ありがとう」
すると彼ははにかむように笑った。
その眼はとてもやさしい。
前にこんな眼で誰かに見つめられたような気がする。
「君の名前は?
家族はどこにいる?
君がここにいることを知らせないと」
「私は…」
私の名前…思い出せない。
考えると頭の中で靄がかかったようにぼんやりしてしまう。
「わからない」
そう告げると彼の表情は凍りついたようになった。
*****
「お昼はどこかに食べに行かない?
いい天気だよ」
麗奈が午前の練習を終えると、
それを見済ましてルシアンがやって来た。
「ツアーのみんなが帰ってきたら全体練習始まるし、
私も遅れたくないんです。
出かけるのは…無理です」
一瞬相手の眼に苛立ちの色が浮かんで麗奈は身構える。
「練習練習って、
そんなに頑張らなくたって君は上手いし綺麗だよ。
そんなことより僕がこんなに誘っているのにその訳がわからないのかい?」
不穏な空気に後退りしたが一瞬遅れて手首を掴まれる。
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