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いや、そんな事はないと、男はふとよぎった考えを否定した。どう足掻いても、1年の任期をまっとうして故郷に帰るつもりだった。大学は休学中だし、両親に恩返しもしていない。恋人は待たせたままだ。友達は──
友達もだいたい同じ時期に徴兵されている。どこの部隊にいるのかは解らない。もしかしたらあの屍の中に倒れている奴もいるかもしれない。
ああ、嫌だ。俺は故郷で、やりたい事がたくさんあるというのに。
「俺はなんで、こんなところにいるんだ……」
男の声は風に乗り、後方へと流れていった。
「国が戦争を始めたからさ」
「俺は、戦争なんかに首を突っ込みたくなかった」
「ここにいる全員が、そう思ってただろうよ」
右側の男の声は、ひどく眠そうだった。地獄から、再び悪夢へと戻るつもりなのだろうか。
独りにしないでほしいと思った。顔も名前も知らない相手であるが、この地獄のような世界に置き去りにしないでほしい。
「あの、雲……」
眠そうな声に誘われ、男は視線を空へとゆっくり向けた。
幾筋もの波打つような、青い縞模様をした雲が、北の空にたなびいていた。南の空に雲はかかっていないが、あの縞模様の分厚い雲が広がったら、おそらく雨になるだろう。
「あの雲は、本当は、海になりたかったんだよ……」
なるほど、確かに逆さまの海のようだ。
右側の男がどんな表情をしているのかは解らない。どんな表情で、どんな気持ちでそんな事を言ったのか。
「あんたは、本当は何になりたかったんだ?」
眠ってほしくなくて、男はそう尋ねてみた。
「俺は……小さい頃は、消防士になりたかった……けど、なれなかった……」
「なぜ? なりたいなら、国に帰ってから頑張ってみればいいじゃないか」
「俺はもう、夢を追いかけるようなトシじゃないよ……」
「あんた、いくつだ?」
「22だ」
「俺と変わらないよ」
「あんたは?」
「え?」
「今も、夢を追いかけてんのか……?」
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