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「環」
会計を済ませた黒住が、カフェの外で待っていた環のところへ歩いてきた。
自分の分は自分で払います、と言った環に、高校生に払わせるわけにはいかない、と黒住が譲らなかったのだ。
私が払うこのお金は、君が私の本を買ってくれてるから出せるんだ。
だから、間接的に君が払っているようなものだ。
そんな屁理屈まで言われて、しぶしぶ環は財布をしまった。
「御馳走様でした」
「いや、ケーキは私が勝手に頼んだものだしな…君がたくさん食べてくれたから、気になっていたものをいろいろ味見できてよかった」
そう言いながら、黒住は、つと指を伸ばして、環の頬に触れた。
「クリームがまだついてる」
フフッと笑いながら、彼はそのクリームを指で拭って自分の口にパクリと入れる。
環は、また頬が赤くなるのを感じた。
黒住はきっと、環を子ども扱いしているだけなのだろうけれど。
そんなことされたら、恋人扱いされてるみたいに勘違いしてしまいそうで。
思いきって、言ってしまいたくなる。
また会ってくれますか?
でも。
黒住にとって環は、友達と呼ぶには歳が離れすぎているだろう。
今日だってほとんど一方的に環の話を聞いていてくれただけで、黒住のほうからは話らしい話は聞いていない。
もう一度会うというのなら、どんな名目で?
躊躇う環に、しかし、黒住がさらりと言った。
「また会ってくれるか?」
「えっ……!」
まるで、自分の考えていることを読まれたみたいで、心臓が口から飛び出るかと思った。
しかも、まさか、黒住からそう言って貰えるなんて。
「君の話を聞いているのが楽しい。現役男子高生の実態の取材にもなる」
それに。
黒住の黄金色の瞳が、サングラスの奥で妖しく揺らめいた。
「私は、君に………」
そのとき。
「環っ」
聞き慣れた声が、彼の名を呼んだ。
環は驚いて振り返る。
「良祐……?」
駆け寄ってきたのは、もちろん、彼の幼なじみだ。
まるでよく躾られた番犬よろしく、環の身体を自分の背後に庇うようにして、黒住の前に立ちはだかる。
「なんだよ、あんた…環をどうするつもりだ」
こんなとこに連れ込みやがって。
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