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学校から環の後をつけてきた良祐は、彼の大事な幼なじみが吸い込まれていったクラシカルなホテルの前で、少し戸惑う。
帰り際の環は、明らかに様子がおかしかった。
あんなふうにキョドって早口で捲し立てるのは、嘘を吐いているときの環の癖なのだ。
今、環が入って行ったのは、普段自発的に環が行くような場所ではない。
というか、普通の高校生男子にはあんまり縁がなさそうな場所だ。
やっぱり、単なる黒住ファンのオフ会なのか?
オフ会だから、なんかこういう文豪とかが好みそうなホテルのラウンジとかで会ったりすんのか?
環も少し気後れした様子でホテルの中に入って行っていたが、良祐もここへ入っていくのは少しハードルが高い。
でも、もしも環に何かあったら。
その想いが、背中を押した。
回転ドアを抜けて、ロビーらしきところに出る。
あまり規模の大きいホテルではない。
環に見つかる危険性がある。
良祐は、回転ドアのすぐ脇の柱の影に立って、環の姿を探した。
環は、どうやらロビーの奥にあるカフェに入るようだ。
やっぱり、オフ会か。
心配し過ぎだったか。
この前、サイン会に出かけて行った本屋から青い顔して帰ってきて以来、なんとなく環との間に薄い壁のようなものを感じていた良祐だ。
これまで、環は良祐に隠し事なんてしたことがなかったのに、あの日のことだけは誤魔化されて本当のことを話して貰えていない気がしていた。
だから今日も、何かあるのではないかと、心配になったからつけてきたのだ。
それぐらい、あの日の環は様子がおかしかった。
さすがの良祐も、普段からこんなストーカーじみたことばかりしているわけではない。
良祐は、自分の粘着な行動を少し恥じて、そのまま踵を返そうとした。
そのとき。
カフェの入口で躊躇っているような仕草を見せていた環の背後に、やたらに背の高いすらりとした男が立った。
大きなサングラスをしているが、遠目に見てもかなりのイケメンぽい。
肩より少し長めの黒髪を後ろで無造作に一つに束ねた、なんかナルシ気味(良祐目線では)な雰囲気の男だ。
環に何か話しかけている。
そして。
良祐は、思わず拳を握りしめた。
そいつが、やたらに馴れ馴れしく環の肩を抱いてカフェに入って行ったのだ。
あんなやつ、環のオフ会仲間にいたか?
前に開催されたオフ会のときの写真は何枚か見せて貰ったけれども、あんな目立つ男はいなかったはず。
みんな、活字にしか興味ありません!みたいな生真面目そうなもやし男ばかりだった。
いてもたってもいられず、カフェの中に偵察に行きたかったけれども、ホテルの中の小さなカフェだ。
入って行ったら見つかってしまう確率大だ。
とにかく、出てくるまで見張っていよう。
まさか、カフェから出てきた後、ホテルの部屋に連れ込まれたり……しねえだろうな?
いや、まさかまさか、もしかして環、あの男と付き合ってるなんてことはねえよな?
そう悶々と考えて、自分の想像したことに、かなりのダメージを受ける。
そんなわけねえ。
あの活字にしか興味ねえ純情な環が、あんなチャラそうなオッサンに惚れるとかねえだろ。
つうか、あんな男とどこで知り合ったんだ?
肩なんか抱かせて、随分親密な雰囲気だった。
苛々と、良祐は、二人がカフェから出てくるのを待つ。
最早、ホテルの従業員に不審そうな顔で見られていることも気にならない。
本当にオフ会で、あの男は新規のメンバーなのかもしれない。
二人だけでなく、何人かで会っているんだ、そうに決まってる。
そう思おうとしているのに、どうしても上手くいかない。
環の帰り際の落ち着かない様子、妙に親密そうな、今まで環の周りにはいなかったタイプの男。
たぶん、あの二人は、二人きりで会っている。
良祐の胸の奥に沸き上がる焦燥が、どす黒い嫉妬が、今にも爆発しそうに滾っていた。
どのくらい、そうして荒れ狂う感情を制御していたのか。
カフェの入口に環が姿を現した。
一人だ。
なんとなく、良祐はホッとした。
しかし、そのまま帰るのかと思いきや、人待ち顔で佇んでいる。
すぐに、あの男が後を追って出てきた。
どうやら会計を済ませていたのか。
やっぱり、二人きりで会っていたのだ。
メラメラと嫉妬の炎が燃え上がる。
そんな良祐の心情を知るよしもない二人は、あろうことかその場で何やらイチャイチャし始めた。
遠目では、何をしているのかよくわからないけれど、環の頬に男が手を触れている。
環の小さな顔が、恥じらうように赤く染まった。
そんな環に、男が何か囁いている。
まさか、上に部屋を取っているんだ、どうかな?なんて誘ってるわけじゃねえだろうな?
もう我慢ならなかった。
良祐は、柱の影から飛び出した。
「環っ」
環が、驚いたような顔でこっちを見た。
「良祐……?」
「なんだよ、あんた…環をどうするつもりだ?」
背中に環を庇うようにして、良祐はその男を睨み付けた。
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