恋う

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「良祐、なんでここに…ってか、黒住先生に、何失礼なこと言ってんだよ!」 環は、突然現れた幼なじみに混乱しつつも、案の定なんだか黒住が悪いことでもするかのような言動をした良祐を、慌てて嗜めた。 せっかく、また会いたい、と言ってくれた黒住が、気分を害してしまわないかと泣きそうにすらなった。 パニックになって、良祐の背中をポカポカ殴る環に、守ったつもりなのに泣き出しそうな勢いで怒られて呆然とする良祐。 黒住が、そっと回り込んで環の細い手首を掴んだ。 「環、落ち着いて」 大丈夫だから。 「だって、だって、こいつ、先生のこと…」 ひっく、としゃくり上げて、環は黒住に大人しく身体を預けた。 「彼が良祐君、だろ?君の幼なじみの。君を心配してくれたんだろう、彼は悪くない」 しゃくり上げる環の背中を優しく撫でながら、黒住はゆっくり視線を良祐に向ける。 良祐は直感的に、挑発されている、と感じた。 なんだ、こいつ。 何、環のこと呼び捨ててんだ? てゆうか、黒住先生って言ったか? このチャラいナルシが? 環の崇拝する作家だと? 環の手前、暴言を吐くわけにも手を上げるわけにもいかない。 ただ、睨み付けるしかできない。 しかし、睨まれても黒住には、蚊に刺されるほどのダメージもないようだ。 涼しい顔で、環の涙を指で拭ってやっている。 「泣かなくていい、環。何も心配いらない。今日はもう彼と帰ったほうがいい…また連絡するから」 まるで、彼のほうが環を理解していて、より近い存在ででもあるかのような態度と台詞。 良祐は、更にギリギリとその男を睨む。 と、黒住が視線を返してきた。 サングラスの下の黄金色の瞳が、勝ち誇ったような色を浮かべていた。 そう、その色の濃いグラス越しにでも、良祐にははっきりとそれが理解(わか)ったのだ。 そして、彼の大事な幼なじみは。 別れがたそうに、完全に心酔しきった瞳で黒住を見つめている。 黒住がつと、環の耳許に口を寄せた。 「さっきの話の続きは、また今度会うときに」 そっと囁かれて、環はほんのり頬を染めて頷く。 恋する乙女、とでもいった風情だ。 良祐は、いつまでも離れがたそうな環を引っ張るようにして、その場を離れた。 どうしちゃったんだろうか、環は。 こんなやつだったっけ? 悔しいけれど、そんな恋する乙女風情の環も、すげえ可愛いと思ってしまうのだ。 その想いを寄せてくれる相手が自分だったなら、本当にこっちこそメロメロになるだろうに。 二人の高校生をにこやかに見送っていた黒住は、彼らの姿が見えなくなると、じっと自分の指を眺めた。 先程、環の涙を拭った指だ。 「勿体無いことを」 彼は、小さく嘆息して、そう呟く。 そして、その指をペロリと舐めた。 「あれは、私のものだ」 髪の毛の先から爪の先まで、零れる涙も一滴たりとも余さずに全て。 可愛い環。 一目見て、わかった。 いや、見る前からわかっていた。 だから、あのとき、出版社の人間を待たずに、先に一人で本屋に入ったのだ。 彼がそこにいるのがわかったからこそ。 彼こそが、ずっと探していた、黒住の唯一なのだから。 環だけは、誰にも渡すわけにはいかない。 今はまだ、あの幼なじみとやらも何かの役に立つかもしれないから、放っておくけれども。 あまりに目障りなら、どう料理してくれようか? 黒住の面に、酷薄な笑みが浮かんだ。 それは、人ならざるもののような、そんな冷たく無機質な笑みだった。
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