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口は利かないけれども、何しろ環と良祐は家が近所だ。
登下校は当然、同じルート。
だから、良祐は、少し距離を置きつつも、環をいつも見守りながら登下校している。
相変わらずスマホを眺めてため息をついていた環の表情が、帰りの電車の中でパッと綻んだ。
頬を上気させ、いかにも嬉しそうにスマホの上に指を滑らせている。
そして、降りる予定の駅ではない、次に停まった駅で電車を降りようとしていた。
黒住だ。
あいつが連絡してきたのだろう。
これから会う約束をしたのか。
良祐は迷った。
環が心配だ。
後をつけたい。
でも、それで怒られたばかりだ。
駅に停車して、ドアが開く。
どうしようか。
良祐の迷いを見抜いたかのように、降り際、環が鋭い視線を投げてきた。
つけてくるとか、すんなよ?
そう言いたげに。
その視線に、良祐は固まってしまった。
ぷしゅ、と音がして、電車のドアが閉まる。
あのサイン会の日と同じように、ホームを跳ねるように駆け出していく環を、良祐は走り出した電車の中、ガラス越しに眺めることしかできなかった。
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