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黒住の家は、そのカフェから徒歩で5分ぐらいのところにあった。
大通りから少し路地に入って、つきあたりに「黒住」と表札のかかった厳めしい門がそびえている。
都内、それも割と都心に近いこの地域に、まるでそこだけ別世界のような異彩を放つ古めかしい洋館が、その門の向こう、鬱蒼とした木々の生い茂る庭の奥に見えていた。
ホラー作家、黒住櫂の住まいには、これほどぴったりな物件はないというぐらいの。
「お化け屋敷みたいだろう」
彼はそう言って、少し悪戯っぽく環の顔を覗き込んだ。
「怖いか?」
「まさか!せんせ……じゃなくて、その、カイ、のあの作品の数々が、ここで産み出されてるんだと思うと、もうコーフンしてワケわかんなくなりそーです」
フンカ、と鼻息荒くそう言う環に、黒住はフフフ、と楽しそうに笑った。
「君は本当に可愛いな」
見た目もだけど、中身も。
ちょっとした庭園ばりの広い庭を抜け、洋館の入口に辿り着く。
意外にも、古めかしい扉についていた施錠システムは、ガチガチの最新式、虹彩認証らしい。
黒住は、キーを開けるためにサングラスを外した。
その黄金色の瞳が、遮るものなく露になる。
環は、息を呑んだ。
すごく、キレイ。
うっとりと眺めていることに気づかれてしまったようで。
黒住のその黄金の瞳が真っ直ぐに環を見てくれたのは一瞬だった。
慌てたように、彼はサングラスをかけ直す。
「こんな色、気持ち悪いだろう、すまない」
え!と環は目を丸くした。
高揚した気持ちのまま、思わず声が大きくなる。
「気持ち悪いなんて、誰も思わないですよ!」
すっげぇ綺麗ですもん。
黒住は、少し驚いたようだった。
そして、ほんのり嬉しそうに笑った。
環が今まで見た黒住の笑顔の中で、一番柔らかい笑顔だった。
たぶん、最も素に近い笑顔。
いつも濃いサングラスをかけていたのは、色素の薄い瞳を紫外線から守る意味もあったのだろうけれど。
その瞳が、奇異の視線に晒されることを恐れていたのかもしれない、ということに、環は思い至った。
日本人は、みんなと違うことに酷く敏感な民族だから。
黒住の書くホラーが、いつもどこかせつなさに満ちているのは、そして、そのせつなさが読むひとを強く惹き付けるのは、黒住自身のそういうさみしさやせつなさが、どこか根底に流れているからなのかもしれない。
「環は優しい、な……ありがとう」
彼はそう言って、そっと環の手を握った。
「さあ、拙宅へようこそ」
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