宿り木

5/13
前へ
/33ページ
次へ
黒住の家は、そのカフェから徒歩で5分ぐらいのところにあった。 大通りから少し路地に入って、つきあたりに「黒住」と表札のかかった厳めしい門がそびえている。 都内、それも割と都心に近いこの地域に、まるでそこだけ別世界のような異彩を放つ古めかしい洋館が、その門の向こう、鬱蒼とした木々の生い茂る庭の奥に見えていた。 ホラー作家、黒住櫂(くろずみかい)の住まいには、これほどぴったりな物件はないというぐらいの。 「お化け屋敷みたいだろう」 彼はそう言って、少し悪戯っぽく環の顔を覗き込んだ。 「怖いか?」 「まさか!せんせ……じゃなくて、その、カイ、のあの作品の数々が、ここで産み出されてるんだと思うと、もうコーフンしてワケわかんなくなりそーです」 フンカ、と鼻息荒くそう言う環に、黒住はフフフ、と楽しそうに笑った。 「君は本当に可愛いな」 見た目もだけど、中身も。 ちょっとした庭園ばりの広い庭を抜け、洋館の入口に辿り着く。 意外にも、古めかしい扉についていた施錠システムは、ガチガチの最新式、虹彩認証らしい。 黒住は、キーを開けるためにサングラスを外した。 その黄金色の瞳が、遮るものなく露になる。 環は、息を呑んだ。 すごく、キレイ。 うっとりと眺めていることに気づかれてしまったようで。 黒住のその黄金の瞳が真っ直ぐに環を見てくれたのは一瞬だった。 慌てたように、彼はサングラスをかけ直す。 「こんな色、気持ち悪いだろう、すまない」 え!と環は目を丸くした。 高揚した気持ちのまま、思わず声が大きくなる。 「気持ち悪いなんて、誰も思わないですよ!」 すっげぇ綺麗ですもん。 黒住は、少し驚いたようだった。 そして、ほんのり嬉しそうに笑った。 環が今まで見た黒住の笑顔の中で、一番柔らかい笑顔だった。 たぶん、最も素に近い笑顔。 いつも濃いサングラスをかけていたのは、色素の薄い瞳を紫外線から守る意味もあったのだろうけれど。 その瞳が、奇異の視線に晒されることを恐れていたのかもしれない、ということに、環は思い至った。 日本人は、みんなと違うことに酷く敏感な民族だから。 黒住の書くホラーが、いつもどこかせつなさに満ちているのは、そして、そのせつなさが読むひとを強く惹き付けるのは、黒住自身のそういうさみしさやせつなさが、どこか根底に流れているからなのかもしれない。 「環は優しい、な……ありがとう」 彼はそう言って、そっと環の手を握った。 「さあ、拙宅へようこそ」
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

579人が本棚に入れています
本棚に追加