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屋敷の中は、少し薄暗かった。
木造の多い日本家屋と違って、石造りだからだろうか。
古い洋館ではあったけれども、中はきちんとリフォームされているのか、廊下につけられた間接照明も全てLEDっぽかったし、通されたリビングから見えるキッチンは最新式のアイランドキッチンだ。
リビングの、何人掛けというのか、とにかく馬鹿デカいソファに座るよう勧められ、どこに座っていいのかわからず、ちょこんと端っこのほうに腰かける。
「コーヒーでも飲むか?」
黒住は、そんな環の小動物みたいな様子に口許を緩めながら尋ねた。
それから、ああ、と何かに気づいたように訊き直す。
「コーヒーよりも、炭酸とかそういうもののほうがいいか、君は」
「えっと、あの、なんでもいいです…」
「遠慮しなくていい。これからもここに通うことになるんだから、君の好きなものを揃えておきたい」
ニッコリ笑う黒住にそう言われ、環はまたパニックになりそうになる。
これからも、通う?
これからも何度も会って貰えるってこと?
それって…それって??
「飲み物は、何が好きだ?」
まずはそこからだな。
黒住が、やたらに大きいソファなのに、環のすぐ隣に、密着するように座った。
ギシリ、とソファが軋む。
「さっきはレモンスカッシュを飲んでいたか?この前はアイスココアだったな…」
環の飲んでいたものなんて、そんなどうでもいいことを覚えてくれている。
環本人だって、三日前に何を飲んだかなんて曖昧なのに。
それがなんだかすごく嬉しかった。
密着しているから、黒住の甘いような爽やかなようなあの香りが、環をふんわり包む。
クン、と思わず鼻を動かした。
「ん?何か臭うかな…私はあまり汗はかかない質なんだが」
黒住が、少し戸惑ったようにそう言った。
いえ、あの、と環は返答に困る。
しかし、このままだと臭いと思っていると勘違いされてしまう。
「……カイ、の匂い、あの、俺…好きなんです」
甘い匂いがして、と言葉を続けると、黒住は一瞬、驚いたような顔をした。
それから、少しだけどこかさみしそうな顔で微笑む。
「そうか……君にも、そうなるんだな」
「え?」
環は意味がわからずに聞き返した。
が、黒住は話題を戻してしまう。
「いや、炭酸は炭酸水しか置いていないから、今日はココアで我慢してくれるか?」
今度までには、炭酸系の飲み物も揃えておくから。
そう言って、彼はキッチンに立って行ってしまった。
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