宿り木

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黒住は、それまでの彼らしくなく、余裕のない切迫した顔になった。 「環」 その名前を呼ぶ声が、どこか弱々しくさえ聞こえる。 「そんなことを言ったら、ダメだ……」 抑えが、効かなくなる。 環の手が、そっと黒住の額に触れた。 黒住が、酷く汗をかいていたからだ。 そんなに汗をかく質ではない、と言っていたのに。 「環、すまない」 その伸ばされた手を、黒住はやや乱暴に掴んだ。 そして、強く引き寄せる。 「君を、愛してる」 共に過ごした時間は、ほんの僅かだ。 それなのに「好き」を通り越して「愛してる」とまで言う黒住の真意を測りかねて、環はほんの少し戸惑った。 しかし。 身体がフワッと浮き上がった。 黒住に、お姫様抱っこされたのだ。 そのまま、環を抱き上げたまま、彼は、リビングの真ん中にある螺旋階段を昇り始めた。 二階にあるのは、おそらく。 仕事部屋や、寝室…だろう。 「カイ…?」 愛…とまで言えるかはわからないけれども、黒住を好きだ、という自覚はある。 彼がそれを望んでくれるというのなら、身体の関係になる覚悟も、仄かにはあった。 その期待を少しは持って、まだここにいたい、と言ったのかもしれない、というぐらいには。 環も健康な高校生男子だ。 性的なことに興味がないわけではないから。 それが、たぶんそうなると思うのだけれども、自分が抱かれる側…なのは、怖くないと言ったら嘘になるけれど、それでも。 でも、今の黒住の様子は明らかにおかしい。 短時間しか一緒に過ごしていないから、もちろん黒住の全てを知っているわけではない。 というかむしろ、環が接していた黒住のほうが作られたもので、今の彼のほうが本来の彼なのかもしれないのだけれども。 だけど、感じている違和感は、そういうことではなく、もっと根源的な何かがおかしい、と環の本能が訴えている。 螺旋階段を昇りきって、黒住が迷いなく足を進めたのは。 やはり、寝室だった。
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