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バッサリと「整理券は終わった」と言われても、当然、ハイそうですか、とすぐに帰る気分にもなれず、その場で脱力したまま、ぼうっととりとめのないことを考えていた環だったが。
スマホがLINEの着信を伝えてチカチカしていることに気づいて、画面を開く。
案の定、さっき別れたばかりの良祐からのメッセージだ。
『間に合ったか?』
『悪かったな、引き留めて』
『幸運を祈る!』
(グッ!のスタンプ)
良祐はいつも、なんだかんだ言いつつ、環に優しいし、甘い。
八つ当たり的なことを考えていた環は、少し反省しつつ、返信する。
『ダメだった…』
(号泣のスタンプ)
『新刊だけ買って、帰るよ』
『後で慰めて~』
良祐はすぐに気づいてくれたらしい。
文字を打ってるそばから既読がついていく。
(マジか!のスタンプ)
『悪ぃ、俺のせいか?』
『今駅だから、そっち行く』
『◯◯書店だったよな?』
『なんか奢るから』
お前のせいじゃない、と打ちかけた環は、しかし、手元のスマホに意識がいきすぎていた。
良祐のせいではないのだから、迎えに来て貰うのは悪い、と思って、メッセージのやり取りから通話に切り替えるべく、店の外に出ようと身体が自然に出口のほうに歩き出しかけていたのだが。
ちょうど、店に入ってきた人と、どすん、と正面衝突してしまった。
小柄な環は吹っ飛ばされる勢いで、後ろにあった平積みの本の山――それははからずも今日発売の黒住先生の新作だったのだが――に突っ込んでしまう。
派手な音が鳴り響き、騒ぎに気づいた店員さんが駆けてくる。
「大丈夫ですか?」
「あっ、スミマセン、俺がよそ見してたのが悪いんです…あの、大丈夫でしたか?」
オロオロする店員さんの手を借りて立ち上がりながら、環は謝罪と、それからぶつかってしまった相手に向かって逆に心配の声をかけた。
その時点で初めて、ぶつかった相手を視界に入れることになったのだけれども。
「あっ……!」
環は、そのひとを見た途端に、短く鋭い悲鳴に似た声を上げて、言葉を失ってしまった。
黒々とした長髪を後ろで無造作に一つに束ねて、濃い色の大きなサングラスをかけていても、端正な顔立ちなのがわかる白皙の美形のそのひとは。
黒住先生、そのひとだったのだ。
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