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書店のフロアに戻るなり、目敏く見つけたらしい良祐が駆け寄ってきた。
「環!どうした?何かあったんか?」
今お前、事務所から出てこなかったか?
万引きと間違われたとか?
お前みてぇなちっちゃくて可愛いやつがそんなんするはずねえのに!
まさか、店員から変な言いがかりつけられて、身体触られたりとかしなかっただろうな?
何やらおかしな方向に想像力を働かせ過ぎな良祐に一方的に捲し立てられて、しかし、環は、急に現実に戻ってこられた気分になって、深い安堵を覚えた。
黒住といた時間は、なんだか凄く非現実的で、彼の紡ぎ出すホラーの世界に迷い込んでしまったような、そんな酷く心許ない気分に陥れられていたのだ。
「大丈夫だって、何にもないよ、心配かけてごめん、良祐」
現実に引き戻してくれる良祐にすがりたいような気分になって、環はそっとその服の裾を掴む。
良祐は少し驚いたような顔をして、ますます何があったのか、と訝しく思ったようだ。
だけど、環が酷く疲れていることに気づいてくれたのだろう、服の裾を掴んでいる手をそっと外し、その大きな手でくるむように掴んで、手を繋ぐ。
さすがにそれは恥ずかしい、と環が手を引こうとするのを許さず、力強く握ったまま歩き出した。
「何もなかったんなら、もういいよな?帰ろ」
なんかお前、顔色悪ぃよ。
サイン会間に合わなかったの、そんなにショックだったんか?
「んーん、そうじゃなくてさ…また後で話すよ、今はなんか、スゲー疲れちゃって」
環は、本当に疲れきっていた。
サイン会に間に合うよう、ダッシュしたからだろうか?
でも、走ったのはほんの僅かな距離だ。
いつも、学校に遅刻しそうなときは同じように走っているけれども、こんなに疲れたりしない。
黒住にあんなに間近で会えて、酷く緊張したからだろうか。
雑誌や何かで何度か見た黒住を、すごく整った顔の人だと思ってはいたけれども、実物は写真なんかとは比べ物にならないぐらい迫力ある美形だった。
家までの電車に揺られながら、環は良祐の肩にもたれかかってウトウトした。
良祐の隣は安心できるな、と自分もかなり良祐に依存していることに今更気づいた環なのだった。
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