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翌日、ランバートと一緒にオーウェンの所を訪ねた。
正直、あの人は苦手だ。何を考えているのか分からないキレ方をする。笑顔のまま家畜の血を被疑者の頭からぶっかけ、精神破壊するような事をした彼の執念深さは恐ろしいと思ってしまうのだ。
だが、久しぶりに会った彼はすっかり落ち着いた様子でランバートとゼロスを迎えてくれた。胡散臭い笑みにも多少、感情が見える気がする。
「話しは大体聞いたよ。ゼロスくん、災難だったね。大丈夫?」
「はい、多少は」
「うん。えっと、それで? 昨日ランバートから話しを貰って調べたんだけど……」
オーウェンは昨日の夜からあれこれ調べてくれていたようで、手元にある一枚の紙を手に取った。
「結論から言うと、メアリー・ホワイトというシスターは所属していない。地方にもね。うちの教会、これで出入りはそこそこ厳しいんだ。地方の神父からシスターまで、正式に所属していれば本殿に記録される。そこにないって事は、そんな人物存在してない」
「確実?」
「九〇パーセントくらいかな。シスター以下の見習いになると記録義務がないからね。でも、そういう子はシスター名乗れないし」
そうなるとやはり、謎のシスターは格好だけということになる。では、中身は一体誰なんだ。
「それともう一つ。あの周辺の教会で流しの娼婦の保護はしていないよ」
「やっぱり?」
「うん。懺悔に訪れる人はいるし、その道から抜けたいということなら手を差し伸べるけれどね」
おそらく誰よりもあの辺に詳しいだろうランバートは、ある程度予測できていたんだろう。コイツはそれも前提に動いているはずだ。
「大体の事は分かった。こっちでも謎のシスターを探してる。何か分かった事があったら、教えてもらってもいいかな?」
「勿論だよ。何より僕はゼロス君にお世話になったからね。今度は僕が、君の助けになれるといいんだけれど」
眼鏡の奥の瞳が穏やかに細められるのを見て、ゼロスは控えめながらも頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
少しずつでも動ける様になってきた。それを自分でも実感する。何にしても、クラウルを巻き込んだこの事件を解決してみせる。仇討ちではないが、それがゼロスに出来る事だと、昨日一晩考えて出したとりあえずの結論だった。
その夜、全員が集まって今日の話を付き合わせたのだが、これという進展はなかった。謎のシスターに関する足取りは掴めないまま、昨日からぱったりと姿を見せていないという。
そして加害者の少年の足取りも掴めなかった。居住区や食べ物を扱う店を中心に聞き込みを行ったみたいだが、誰もこの少年を知らないという。それもまた、妙な感じがした。
「今暗府が捕らえた少年を尋問してる。そっちが動けば、何かしら変わるかもしれない」
このままでは被疑者を捕らえたにも関わらず、事件は暗礁に乗り上げてしまう。それだけはできないと、ゼロスは強く拳を握った。
その夜、ゼロスは珍しくランバートに呼ばれた。連れだって酒瓶を持って修練場へ向かうと、そこには何故かアシュレーもいた。
「ランバート、剣の相手じゃないのか?」
「今日はここで酒でも飲みませんか、アシュレー様?」
「……わかった」
アシュレーの視線が一瞬、ゼロスを見た。その視線に気付いたから、なんだかいたたまれない。だがおそらく、ランバートはアシュレーと会わせたくて誘ったのだろう。だから、自分がアシュレーと時間外訓練の日に誘ったんだ。
「ゼロス、座れ」
「……はい」
ランバートを挟んで座ったゼロスは、ほんの少し緊張している。思えばアシュレーと酒を飲んだことなんてない。
「ランバート、謀ったな」
「まぁ、そう言わないでくださいよ。ゼロスの気分転換みたいなものだと思って。貴方だって、可愛い部下が悩んでいたら手を貸すでしょ?」
その気遣いを、余計なお世話だと反発する自分もいる。だが、正直今は自分が分からなくなっている。
このまま何食わぬ顔で今までの関係を続けていくのか。でもそれに何の意味があるんだ。もう分かってしまったじゃないか。クラウルに何かあれば、冷静でいられない自分がいる。もしも離れる事になったら、今まで通りになんていられないんだと。
「ゼロス」
「はい」
「……しんどい時は吐き出せ。正直、耐えるだけ辛いぞ」
一瞬言葉に詰まったアシュレーの言葉には、重みがあった。この人もまた、大切な人を失いかけた。しかも今のクラウルなど比ではない怪我を恋人のウェインは負っていた。だからこその忠告なんだろう。
「アシュレー様は、あの時何を思ったんですか?」
これが答えになるわけじゃない。だが、知りたくはあった。今自分の中にある感情を整理するための材料になる気がした。
アシュレーは眉根を寄せて嫌な顔をする。それでも一つ溜息をついて、話し始めた。
「後悔しかなかった」
「関係を結んだことですか?」
「そこに関しては一切後悔していない。俺がした後悔は、あいつの求めに言い訳をしたり、後回しにして応じてやらなかった事だ」
ズキリと痛んだ胸の内は、あの夜からずっと膿んでいる。
後悔、したのかもしれない。あの時はそんな事を思う暇も余裕もなかったけれど、もしもあのままクラウルを失っていたら、ゼロスは後悔したのだろう。
実家に挨拶に行きたい。名を呼んで欲しい。砕けた言葉で会話がしたい。そんなに難しい事じゃなかった。拒んだのは、ゼロスの逃げ。クラウルと別れる事になったとき、ちゃんと元に戻れるように……
バカだ。戻れる筈がない。もうそんな浅いところにいないのに、表面だけ繕っていたんだ。
「一緒に街でデートがしたいとか、甘い物を食べに行きたいとか、遠乗りに行きたいとか。仕事は後に回せたのに、あいつを優先しなかった。もしもこのままあいつが死んだら、俺は一生この思いを引きずった」
「けっこう繊細ですよね、アシュレー様」
「お前はどうなんだ、ランバート」
「俺は……俺は、後悔なんて最初からしたくないです。だからファウストといる時間はそれだけを考えています」
「惚気か」
「お互い様ですよ」
酒をチビチビと飲みながら話す二人の会話を、ゼロスは俯いたまま聞いている。
「ゼロス」
「はい」
「もしも思い当たる事があるなら、片付けておけ。人は案外簡単に壊れるぞ」
「……はい」
妙に実感のある言葉だ。確かにウェインが怪我をした時、アシュレーは別人のようだった。これまで仕事ばかりだった人が、ウェインから一時的に離れられなくなった。片時も離さず側に置かなければ安心できない。そんな様子だった。
飲みかけの酒を一気に飲み干し、腰を上げる。アシュレーを仰ぎ見たランバートに、彼は「程々で寝ろよ」と残して行ってしまった。
ゼロスも考えていた。腹は決まったんだと思う。事件が解決して、クラウルの怪我が回復したら腹の中のものを全部だそう。もしかしたら嫌われるかもしれない。悲しませるかもしれない。けれど……叱られたいのかもしれない。
「ランバート」
二人きりの修練場。ゼロスはしっかりとランバートを見る。そんなゼロスを真っ直ぐに見たランバートは嬉しそうに笑った。
「大丈夫か?」
「……犯人を前にしたら、分からない。けれど、腹は決めた」
「了解」
ニッと嬉しそうに笑った奴が拳を突き出す。その拳にゼロスも自分の拳を当て、次には二人とも互いの手をがっちりと握った。
「おかえり、ゼロス」
「心配かけた」
「まったくだ」
「これまでの分、キリキリ働く」
伝えた途端笑い出すランバートを一睨みした後、ゼロスも一緒に笑うのだった。
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