娼婦失踪と謎のシスター

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娼婦失踪と謎のシスター

 途中必要な所に顔を出して場を整えてから、ランバートはミス・クリスティーナの店へと向かった。  事前に伝言を頼んでおいたし、昨日の今日だからか、店は影響前の一番静かな時間だというのに人の動く気配があった。 「ミス、昨日は有り難う」 「構いませんよ。クラウル様の容態はどうなのですか?」 「今朝方意識が戻ったよ。わりとしっかり会話も出来てるから、後は治療とリハビリかな」 「そうですか」  相変わらず素っ気ない感じはするが、表情は安心したのが分かるものだった。  部屋を移したクリスティーナは、全員の前にお茶を置く。紅茶を好む彼女が、何故か今日はハーブティーだった。そして、ゼロスを気にしていた。 「そちらの方、大丈夫ですか? 顔色がそぐわないようですね」 「あ……」 「あー、大丈夫です。クラウル様の件がショックで、ちょっと調子崩してるだけなんで」  ボリスがわざと、少し明るい声でゼロスの脇をこつく。クリスティーナは僅かに首を傾げたものの、次には何かを察したかより心配そうな顔をした。 「なるほど、そういうことですか。少し休まれてゆきますか? 空のベッドなら腐るほどありますよ」 「あっ、いえ。話しを聞きにきたので」  俯き加減のままだが、ゼロスはここを離れる気はないらしい。正直昨日は寝ていないのか、酷い顔色をしている。だが今のところ、話しを聞くくらいはできるようだ。 「わかりました。失踪した娘を知っている子と話しがしたいのでしたね」 「うん、お願い。あっ、それとこの近くにあるアパート二棟、開放するように伝えてきたから使って。後で街警の人にも見回りと、アパートで寝泊まりするようにって伝えて貰える様にお願いするから」 「分かりました」  クリスティーナも店の若い衆に広く告知すると約束して、この件はまず様子を見ることとなった。  二人の若い女性が、露出の多い服に長いガウンを着て現れる。その二人とランバートは面識があった。アネットがいた時代からいる子だ。 「ランバート、久しぶり!」 「相変わらずいい男! そこの二人もお友達? 今度紹介してよぉ」 「だーめ。全員相手いるんだから」  近づいてきてそんな事を言う彼女達に、昔のノリでつい返してしまう。その瞬間のボリスの顔といったら、「不潔-」とニヤニヤ言われている気がした。  それでも、ゼロスの表情はあまり変わらない気がした。 「そうなの?」 「アタシ知ってるわよ! あんた、すっごい美人の男はべらせてるでしょ!」 「マジで!! も~、教えてよぉ。ちなみにその男ってどんな?」 「黒髪の長身で超のつくイケメンだって!」 「え~、いいなぁ。そう言えば、昨日倒れた人も素敵だったけど……大丈夫だったの?」  濃いブラウンの髪の女性が少し心配そうな顔をして問いかける。その瞬間、ゼロスがビクリと動いた気がした。 「知ってんの?」 「うん、私の部屋階段上ってすぐだから。布団と綺麗な布って聞こえて、飛んでったのよ。すごい血が出てて、びっくりしたけれど」 「そっか。ありがとね。ちなみに大丈夫だったし、あの人も恋人いるからダメだよ」 「知ってるよぉ。すっごい汗で意識なんてなさそうだったのに、しきりに『ゼロス』って呼んでたし。あっ、これ大事な人がいるんだなってすぐ分かったもん!」  ランバートもボリスも同じタイミングでゼロスを見た。そこには苦しそうだけれど、感情の見えるゼロスがいた。 「さて、聞きたい話しに移るんだけど。二人は消えた流しの娘について知ってるんだって?」 「うん、知ってるよ。ルナって名前の綺麗な娘よ」  金髪の女性がそういうのに、ブラウンの彼女も頷いている。 「どんな娘?」 「ウエーブの掛かった黒髪に、大きくて少し鋭い青い瞳の美人系。お店でやらないのか聞いたんだけど、もうけっこう年だからって。確か三十手前のはずだけど、うちにはその位の年齢の姉さんもいるからって言ってたんだけどね」 「自分のペースで、自分の好きにやれる方が性に合ってるんですって。危険だって言ったら、その時はその時だって」 「なるほど」  アネットタイプに思える。サバサバした印象を受ける女性だ。 「姿が見えなくなったのって、いつ?」 「建国祭の辺りかな? 今年の夏くらいからずっとね、男の人にプロポーズされてたみたいなの。いつも白い花を持ってきてくれて、結婚して欲しいって」 「白い薔薇じゃなくて?」 「薔薇の時もあったかもしれないけど、もっと素朴なのが多かったみたい。かすみ草とかもあったみたい」  なんだか、事件の調書の犯人とは印象が違う。別人なのだから当然なのだが、もしも摸倣だとすると『白い薔薇』というアイテムはそれなりに重要なはずなのだが。 「相手の男について、聞いてない?」 「確か、普通の人よね?」 「うんうん、優しくて純朴って話し。お金もあまりなくていつもは買えなくてごめんって、苦しそうに言うんだって。ルナ、すっかり絆されてる感じだったよね」  ますます印象が異なる。それとも、これは探している事件とは別件なのか? 「悪いんだけど、そのルナって娘の似せ絵を描きたいんだ。協力してくれる?」 「もっちろん!」  二人が協力してくれたおかげで、似せ絵はあっという間に描き終わった。  それによるとルナはとても凛とした美人だ。目鼻立ちがはっきりとしていて、年上の女性という印象が絵だけでもつたわってくる。 「男の方には合ったことがないの?」 「ないなー」 「あっ! でも確かキャサリンが見た事あるって言ってたわよ! 少しだけ話しもしたって」 「その人、呼んでもらってもいい?」 「OK」  二人が席を立ち、ヒラヒラッと手を振って出て行く。  その合間に、ランバートはゼロスを見た。ボリスの隣りに座っている彼は、ほんの少し動揺しているようだった。 「愛されてるねぇ、ゼロス」 「あんな怪我して、それどころじゃないのに……俺の、名前なんて」 「それだけ、ゼロスはいるだけでクラウル様の支えになってるってことだよ」 「え?」  疑問そうな顔をするゼロスを、ランバートはボリスと二人で呆然と見た。 「え? なるよ? ゼロスどうして?」 「いや……考えた事がなかった」 「ちょ! ゼロス、お前クラウル様の恋人っていう自覚本当にある? セフレじゃないんだよ? そりゃ、自分死ぬかもって思った時に会いたいって思うものでしょ!」  ボリスの言葉に、ゼロスは戸惑った顔をする。それは、時々思うゼロスの壁のようにランバートには見えた。  踏み込みすぎないように。そんな一線を感じていた。それが、明確になっている気がする。 「ランバートもなんか言ってやりなよ。こいつ、自分の存在なんだと思ってるわけ?」 「……ゼロス、クラウル様との関係って、お前はどう思ってるの?」 「どうって……」 「もう、結構長いよな? それなのにお前、クラウル様の事未だに『様』つけて呼んでるし、敬語のままだし」 「それはランバートも」 「俺はプライベートでは敬称つけないし、今みたいな話し方してる。仕事の時と区別つけるようにしてるだけ。でも、お前のはさ」  ゼロスは俯いたまま、何も言わなかった。  そうしているうちに呼んでいた女性が来たので、この話はここで立ち消えてしまった。  相手の男は本当に普通で、これといった特徴もない。だが、とても穏やかで誠実で、優しそうな印象は受けた。そして、捕らえられた男とは似ていなかった。 「確か、別荘地でパン屋をしてるって言ってたわ」 「本当?」 「えぇ。駆け出しだけれどやっと店を持てたって。秋の話しね」 「有り難う、確かめてみる」 「そうして頂戴。私も知っている子がどうしているか、気になるから」  協力してくれたキャサリンという女性が素っ気ない感じでそういう。そのまま立ち去りそうな彼女はふと足を止め、「そうそう」と話し出した。 「この辺で消えてる娘って、もっと沢山いるわよ。噂話突き合わせると、四人くらいね」 「え?」 「なんでもシスターが声をかけてたみたいよ。メアリー・ホワイトって言ったかしら。私も声をかけられたけど、店に入ってるって言ったらいなくなったの。ちょっと気になる人だったわね」  それだけを伝えると、キャサリンは今度こそ立ち去ってしまう。  それは妙な存在感で引っかかっているように、ランバートには思えた。 「とりあえず二人の似せ絵を持って、俺が別荘地まで走るよ。関所で馬借りるついでに誰か誘って確認取る」 「たのむ、ボリス」 「了解。夕刻までにはお前の部屋に行けると思うから、そこで。噂のメアリーはそっち任せるね」 「あぁ、了解」  ボリスが二人分の似せ絵を懐に大事にしまい、店を出て行く。今から別荘地に行っても夕刻には帰ってこられるだろう。  それよりも気になったのは、メアリーというシスターのほうだ。なんだか、嫌な予感がする。  夕刻、ボリスも戻って全員がランバートの部屋に集まった。 「結果から報告すると、ルナさんは消えたんじゃなかった。相手のプロポーズを受けて別荘地に行って、少ししたら結婚する予定だって」  別荘地に行って裏を取ってきたボリスの話しを聞いて、やはりという感じがした。そんな事だろうと思ったのだ。 「街のほうで話し聞き回ったら、他にも四人姿を消した娘がいるらしい。しかも、妙な共通点があった」 「娼婦に声をかけている、シスターの存在か?」 「なんだ、掴んでたんだ-」  コンラッドの報告にランバートが問うと、ハリーがつまらなそうな様子で言う。どうやら娼館での噂は本当らしい。 「せっかく特ダネ手に入れたと思ったのに」 「特ダネには間違いないよ。それで?」 「あぁ。どうやら流しの娘に近づいて、宿や食事を提供するって保護を謳うらしい。店に所属している娘には手を出してないようだ」 「なーんか、それって胡散臭くないか? 流しの娘って地方出身が多いし、親がいなかったりして探される事も少ないだろ? 犯罪臭がプンプンするな」  コンラッドの報告を聞いたレイバンが嫌な顔をする。嗅覚の鋭い彼は犯罪の臭いも分かるのかもしれない。大抵彼が反応する事件は面倒が多かった。 「その話しに補足があるんだけど」 「なんだ、チェスター」 「声をかけている娘にも、ちょっと共通しそうな性格みたいなのがありそうなんだ」 「何?」 「後ろ向きな子が多いみたい。本当は娼婦なんてやりたくなかったけれど、金は欲しいし安定した生活が欲しい。そんな事を言う、ちょっと回りからも浮いてる感じの子を狙ってるみたいんんだ。特に最近。中に四人、ついていったのがいるみたい」  これについてはあまり疑問ではない。誰も好んで娼婦なんてしないだろう。性に合っているという人はいるようだし、上手くすれば玉の輿というのはある。だが、大抵が軽んじられる事が多いのも確かなのだ。  そうした業界で、しかも流しとなると心も荒むかもしれない。嫌になった所に飴を投げられれば怪しくてもついていく。そういう娘もいたのではないだろうか。 「実際、そのシスターってどこに所属してるわけ? どっかの教会のシスターなんでしょ? 顔とかは?」 「それが、詳細が分からないんだ。俺も時間があったから近隣の教会に行って、メアリー・ホワイトっていうシスターの事を聞いてみたんだが、手がかり無しだ」 「そうなると、シスターだってこと自体が嘘の可能性もあるのか」  コンラッドが腕を組む。ランバートも彼の考えが正しい様に思っている。そもそもそんなシスターはいない。娘を攫うのに、警戒心を解くためにシスターの格好をしているだけだ。 「顔とかは?」 「シスターっぽくない、と言うことしか分からない。修道女の格好をして、髪も綺麗に隠れてしまっているから印象が薄いみたいなんだ。年齢は三十代くらい」  顔を見たことがある人を訪ねたが、どうにもよく覚えていないらしいのだ。 「昨日捕まった少年の似せ絵を見せて街を歩いてみたが、少なくとも花街で知ってる奴はいなかったぜ」  ドゥーガルドの報告も聞いて、ランバートは頷く。そして明日からの予定を立てた。 「聞き込みの範囲を広げてみよう。昨日捕まった少年が関わっているのは間違いないし、住民権は持っているみたいだ。何処かで生活していたはずだから」 「了解」 「謎のシスターについては俺が探ってみる。オーウェン兄さんに聞いてみれば、何か分かるかもしれない」 「こっちも消えた娼婦の足取りを探ってみる」 「頼む。ゼロスは俺と明日も一緒に頼む」  言葉を発しないまま、ゼロスは頷いた。何かを酷く考え込んでいる、そんな様子に心配になる。力になりたいが、それを拒まれている気がするのだ。  もう少し様子をみようか。クラウルも意識を取りもどしたのだから、あちらの方が上手くやってくれるかもしれない。とりあえずバカをしないようにだけ見守ろう。  元気のない相棒を心配しながらも、ランバートは事件の早い解決を誓うばかりだった。
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