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第12章 もう
礼奈に会った日の夜、俺は礼奈にメールを送った。そして何度も受信トレイを確認した。エラーの形跡はない。問題なくメールは届いている。けれども返信はない。
それから3時間ほど眠り、やがて朝になった。目が覚めてすぐに受信トレイを確認する。返信はない。重い体と少し軽い心で仕事に向かった。その日は寝不足ながら滞りなく仕事を終える。部屋に帰ってきてから再び確認。やはり返信はない。その日の夜、どうしてか菜々は部屋にいなかった。
今度飲みにでも行こう、そう礼奈は言った。けれどもそれを間に受けているのは俺だけだったのだろうか。礼奈は別れ際の挨拶として、そう言っただけだったのか。それでも仕方がないとわかっていたはずだ。しかし自分の理性と感情はまるで別方向へと進んでいく。
菜々のいない部屋で、コンビニで買ったウイスキーを炭酸水で割り、氷も入れずにグラス3杯を飲んだ。それからシャワーを浴びて、雑に歯を磨き、ベッドに倒れた。
水曜日。礼奈にメールを送ってから2日目の朝。目が覚めてすぐにメールを確認する。変わらず返信はない。さしてアルコールが残っているわけでもないのに吐き気がした。体は当然重かったが、心も再び重くなり始めていた。
当然だ。礼奈への気持ちと向き合うとはこういうことだ。期待するとはこういうことだ。これを乗り越えずして、俺が俺自身を救ってやれる方法などない。
礼奈との再会。その行き着く先が、このまま無視されて終わりであれ、あるいは連絡がついて飲みに行ったものの拒絶されて終わりであれ、なんにせよ俺は希望を断たれることになる。しかしそこからようやく、俺は暗闇を抜け出す最初の一歩を踏み出すことができる。
しかし今は。今はまだ希望を持っていていいのだ。俺は礼奈のことが好きなのだから。あの時最後のデートで貰えなかった告白の返事を、今度こそ貰いにいく。そしてその返事は俺にとって最高のものになるように。
7年会わなかった。礼奈にとっての俺はおそらく、友達どころか昔の知り合い程度だ。だからどうした。それなら最初から関係を作り上げればいい。今すべきことは諦めることではない。礼奈と親しくなる、礼奈と関係を持つ。その夢を現実にするために全力を尽くすことだ。
全力を尽くしてなお、それが断たれる。そうなれば俺はやっと失恋できるのだから。
そしてその日、礼奈にメールを送ってから2日目の夜。仕事が終わり、普段通りマンションの部屋に帰ってきた。21時を少し過ぎていた。やはり菜々は部屋にいなかった。突然菜々がいなくなった理由もわからないが、さして気にもならなかった。疲れ果ててそのまま床に座る。そのままスーツを脱いでいると、胸の奥がざわつくのを感じた。
そうだ。今日の朝以来、受信トレイを見ていない。
鞄をあさって携帯を取り出す。そして画面に映し出される通知。その通知をタップした時、俺は身と心が飛び上がった。
『返事、遅れてごめん。もし優樹が遠くなければ新宿がいいな。今週の土曜の夜はどう?』
今週の土曜の夜。3日後だ。新しいスーツを着て行こう。いや、休日だからカジュアルな格好がいいか。新宿。どの辺りのどんな店にするのがいいだろうか。オーセンティックバーのような静かでお洒落な場所か、それとも気軽な大衆居酒屋のようなところがいいのか。ああ、そんなことは後で考えればいい。とにかくメールを返しておかないと。
『新宿、土曜の夜で大丈夫。東口に19時でいいかな? 楽しみにしてる』
メールを送信した後、深呼吸をした。そして再びゆっくりと床に座り込んだ。
緊張、不安、安堵、高揚。まるで初めての恋、まるで初めてのデートだ。いや、それもあながち間違いでもないかもしれない。これほどまでに真剣な恋愛など、これまでにしたことがあっただろうか。
7年前のデートにしろ、俺はここまで気負ってはいなかった。お互いが大学生になってしまったら何故かもう会えなくなってしまうような、そんな漠然とした焦燥感からデートに誘っただけだ。
3日後、俺はどうすればいい。俺はどうしたいのだ。俺は礼奈と会って、そしてどうする。俺は礼奈と何を話したいのか。
今までのこと、今のこと、これからのこと。そして俺の気持ち。それらを全て、礼奈に伝えていいものか。おそらくは伝えるべきではないのだろう。気軽に飲みに来ただけなのにそんなに重い話をされても困る、と礼奈は思うはずだ。しかし、それこそ次に会えるのはいつになるかわからない。それなら3日後に何もかもを話して、礼奈に判断してもらうべきじゃないか。
いや、それではだめだ。今でも俺は礼奈と付き合いたい、それを叶えるために動かなくてはいけない。ならば自分から失恋に近づけていては意味がないだろう。
礼奈と関係を持つために全力を尽くし、奇跡が起きれば良し。奇跡が起きなくとも、確実に失恋できればそれも良し。どちらになるにしろ、まずは礼奈の気持ちを手に入れられるように、俺が本気にならなくてはいけない。それを忘れるな。
突然、様々な礼奈の笑顔が連続して脳裏をよぎった。
口角を上げて、楽しそうに笑う礼奈。高校生の時のムラのある髪色。最後のデートでムラがなくなっていた時の礼奈。綺麗な栗色に染まった今の礼奈。
ああ。どうしようもない。本当にどうしようもないんだ。
付き合ったことがあるわけでもない。好きだと言われたこともない。ただただ、俺が片思いをしていただけ。それも7年も前のこと。それからずっと、会ったことすらなかったのに。
俺はもう、手遅れなんだ。
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