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彼岸桜が咲き始めた三月下旬。桜より先に一つの若い命が散った。
「や〜〜この度はこちらのミスで失礼しましたわ。死神業の者です」
追惜すると逆上する可能性があるので、あっけらかんと対応する。
肩を震わせる少年は、血の涙を流しつつ言葉を紡いだ。
「命って、短いんですね……。それであの、ぼく、死んだんっすか……」
「冥界に連れてく前に、保険が適用されるんで生き返ります〜〜」
重苦しい空気にならないよう、軽い口調で進めてゆく。
目の色を変えて書類を読む少年に、今日は早く帰らせてくれと念を送る。
「でも、本当なんですかぁ……? 100分間だけ、生き返れるなんて」
突然の死は死神のミス。人手不足の上に新人に仕事を放り投げるのが悪い。
「嘘ではないですよ。怪我なども修復します。あとこういう特典も……」
「五体満足で蘇生は嬉しいっすね……じゃあこれも……」
残念ながらストレスで出来た肌荒れは治らないぞ。
「行きたいところがあったんで、嬉しいです。あ、死なない方が一番っす」
***
まさか映画館に行きたいとは。スクリーンに映像が映り始める。
「好きなシリーズの最新作なんです。受験が終わったから見に行こうって」
「すみませんでした。今後このようなことがないよう……」
まぁ、家族に会ったら冥界に行きたくないとごねるよりは……。
「いいんですか? この映画、110分だから途中までしか見れないですよ」
座視するに忍びなく、思わず声を掛けてしまった。だが……。
「ごめんなさい、本編始まったんで静かにしてください」
ウキウキで入場したのにも関わらず、意外と冷静な少年。
隣で目を輝かせているのに、あと何十分後には絶望するのだろう。
***
殿堂入り。少年が死亡して数十年後、映画界に新たな伝説が生まれた。
目に涙を溜めた少年の悲痛な叫びは今でも忘れない。
「おめでとうございます! 今のお気持ちはいかがですか?」
「めちゃくちゃ驚きましたよ! エイプリルフールには早すぎるぞ!って」
椅子の肘掛けを叩きながら、彼は愉快そうに笑う。
恰幅の良い男性は映画監督。100分間映画を量産し、名誉ある賞を受賞した。
月初めの激務にうんざりしながら、俺はそのインタビューを見ていた。
「やるなぁ。前世の記憶はないのに、よほど悔しかったんだろうな」
彼岸桜の花が散り、新芽が芽吹き始めた日であった。
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