10人が本棚に入れています
本棚に追加
占いの結果なんてあてにならない
僕は今、気分良く学校まで一本道の通学路を闊歩している。なぜなら、今日の占いでは一番運勢が良かったからだ。絶対何かいいことある。そう信じてやまない。
快晴に照らされた新緑が眩しい。梅雨の湿気が乾き、夏に変わったこの空気。
――最高だ。同じ道なのに、いつもの通学路とは全然違う。
何よりも家を出る時、既にいいことがあったんだ。大嫌いな親父と顔を合わすことがなかったのだ。
親父はいつも偉そうに、ふんぞり返って、仏頂面で新聞読んで、顔を合わせば小言ばかり漏らす。
好きになれる訳がない。母の話によると、趣味のために有給使って休みをとっているらしく、僕より先に家を出たらしい。それにより、顔を合わすこともなかったのだ。
だが、母はすごく不満そうではあった。
「結婚記念日だって、休み取らないのに、最近は……。」とか言って、めちゃくちゃ機嫌悪かったけど、俺には無害なため、良しとしておこう。
――と、まさか。目の前歩いているのは、三組のみなみちゃん。
小学生の頃は仲が良くて、いつも僕の家に遊びに来てくれてたのに、中学に上がってからというもの、思春期からか、話もしなくなってしまった僕の片思いの相手。
あの頃までは、親父とも仲良くて、三人で一緒にゲームして遊んだりしてたのになぁ。
でも、大丈夫。今日この日、この時で全てが一転する。
――きっと。そう、きっと何か起きる。何か起きて、それをきっかけに「俺のリアル……エクスプロージョン」
おっと、勢い付けすぎて、心の声が、口から出てしまっていたようだ。気をつけなきゃ。……と、神の御業か、みなみちゃんの目の前を歩いてる女性が何か落としたぞ。
――好機到来。
あれは、カシミヤ100パーセントの巷で大人気なは、ん、か、ちーふ。
あのおねぇさんが落としたハンカチーフを紳士的に拾って差し上げれば、そんな僕の姿を見たみなみちゃんは、きっと「優しいのね」なんて俺に声をかけてくれるはず。っと、考えている間に、みなみちゃんを通り越し、もうお姉さんのすぐ後ろまで着いてしまった。
考えてから、走り出した訳じゃなかったんだ。反射的に、ひとりでに僕の足は走り出していたようだ。
――憎い奴め。と、両足を撫でる僕。
「おねぇさん。 ハンカチ落としましたよ?」
ありがとう。と、お姉さんがこっちを振り向くこの時、僕は違う方を見ていた。なぜなら、お姉さんのことは全く眼中になかったからだ。一途で誠実な僕はあくまでもみなみちゃんに、良いところを見せたい。その一心だった。
そうして、たった今追い抜いてきたみなみちゃんが僕の横を通り過ぎる瞬間、みなみちゃんが横目でこちらを見た。
こちらを見たみなみちゃんを僕は見た。だが、みなみちゃんと目が合うことはなかった。みなみちゃんの目線の先は目の前のお姉さん。すると、みなみちゃんは青ざめた顔をしながら、あからさまに、距離をとって小走りで走り去っていった。
――え。なんで。
「僕。ありがとうね」
お姉さんの方からおっさんの声がする。おかしい。さっきまで、そこに女性のすが……。
あ、あぁぶなぁい。
ーーえ、おしり?いや、顎だ。毛が所狭しと生えていた。間違いない。
予感だ。これ以上顔上げたら、絶対やばいことになる。そう僕の中の警報器が一斉にサイレンを鳴らしている。
「どうしたのぼうや。お礼したいの。顔上げて?」
「いえいえ、これしきのこと、大したことじゃないので……」
見ちゃダメだ。みちゃだめだ。ミチャダメダ。
「ほら、顔上げなさいって」
「僕なんて、カシミヤやウールにたかることしかできないヒメカツオブシムシみたいな害虫なんで……えへへ」
「あ? ワタシのハンカチが虫がたかるほど、汚いとでもいいたいの? 喧嘩売ってんのあんた?」
――せ、選択肢間違えたー。どうせなら、お茶碗に残った食べカスや油を、綺麗にする姿から『御器舐り《ごきねぶり》』が元々の名前であるくらいに、綺麗好きなゴギブリにするべきだった。
加えて、地域によっては大切な存在として捉えていることも、言及するべきだったのに!
「おら! 顔上げな!」ドスの利いた声が、場を支配する。
……観念した。
そして、顔を上げると、驚愕した。一本に繋がっていたんだ。僕の通う学校までの通学路の様に。
何で、普段からハンカチも持たず、種類もろくに知りもしない僕なんかが、某メーカーのカシミヤ100%のハンカチだとわかったのか……。
何で、みなみちゃんが、青ざめた顔して駆け足になってしまったのか……。
何で、朝に顔を合わせることがなかったのか……。
「お、親父」
最初のコメントを投稿しよう!