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本物の太陽は折り返し地点を過ぎて、ゆっくりと下っていく。もう、午後なのだ。あと少し、頑張らないと。キリ、とお腹に、忘れていた痛みが降りてくる。教室のことを考えると心が体を責める。その波と、チャイムのテンポはシンクロする。
彼がおにぎりを食べ終えるのを見届けてから、私はまだ中身の残るランチボックスを片付ける。
「…じゃあ、私戻るね」
「うん…兼行さん」
親指についたごはん粒を噛むように口に含んでから彼は、立ち上がった私を、斜め後ろから見上げる。その瞳が僅かに揺れると、ふっと空気を変えた。
「また来てもいい?」
そこにいるのは、甘える犬でも、あたたかなお日さまでも無かった。くるりと変わる彼の表情、雰囲気、瞳。尋ねているのに、有無を言わせない真っ直ぐな強さがあった。どうしてだろう。その答えは、渡り廊下で呼び止められた、あの時にある気がして、ならない。
「いつもここで食べとうっちゃろ」
「…うん」
「じゃあ、また明日」
私の返事を待つまでもなく彼は、大きく立ち上がる。そうしたら光に染まった。静かに揺らぐ髪はやっぱり赤く、そのまま私を軸にひらりと回って、階段を駆け降りて行ってしまった。私の瞳にはまだ、彼の翻した学ランの残像と、強い温度。
「また、明日…」
段を蹴る音が遠ざかっていく。影に縫い付けられたようにまだ動かない足に一人、呟きながら、何と言ったら良いかすぐには分からない気持ちが立ち込める。嬉しい、怖い、楽しみ、不安。チャイムが鳴り終わる頃、私ははっとした。背中をぞわぞわと撫ぜる冷たい正体に気づく。
後ろめたいのだ。今日のことや、明日のことが、有紗に知られたら。自分に正直になったとき、ここに仕舞い込んだものがどうなるのだろうかと。暗い闇の声を聞いた気がして、ただ歩いているだけなのに息が上がるから、たまらず私は走り出した。
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