温と冷

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温と冷

 梅雨入り前、少しの間だけの、爽やかな気候の日だった。照り返す日差しからは隠れる術もなく、私は上履きのまま土の上を走り抜けた。誰の目にも留まらないよう願いながら。衣替えの日を待ちわびるばかりで、そんな黒い背中を太陽が炙る。暑い。だから日光は苦手だった。でもこの場所へは、どうしてもあそこを通らなければたどり着けないのだ。  特別教室棟の、外階段。校舎内の各階に通じる扉はあるものの常時施錠されており、ここが使われるのは放課後、吹奏楽部がパート練習をする時だけ。昼休みの今は、三階に続く踊り場を過ぎてすぐ、折り返しの一段目に座ればどこからも死角になって、静かな、孤立したプライベート空間になる。私はここで、一つ大きな呼吸を置いた。ランチボックスの蓋を開ける。  あの翌日から、有紗たちと昼食を囲むことなどできるはずも無く、さらに派手に罪の烙印を押されてしまったものだから、クラスの女子生徒は誰も彼もそんないわくつきの移民から目を逸らした。悲しいけれど、分かっていたこと。毎朝、制服を着るたびに腹痛に苛まれても、胃が喉を押さえ付けても、生徒会の仕事もあるので無責任には休めない。何より、近づけなくていい、遠くからでいいから、また光を見ていたい。だから登校は欠かさない。そうやって這い上がる。少しずつ登っていくしかないのだ。  でも、良かったこともある。ここで独り過ごす時間は思うよりずっと、楽だということ。 「こんなことならもっと早く…」  いや、最初から、ここでこうしているべきだった。追われて出たのと自ら出たのとでは結果は格段に違う。少なくともこんなことには。
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