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第2話-3
三方向をレンガの壁で囲まれたバーベキュー用コンロで、軽く叩けば割れるようなガラス細工の様に黒炭がテラテラ光りながらパチパチ鳴いている。その炭の上で銀色の串に刺された肉と野菜が食べ頃に焼かれていた。
「さっきのエゲツなかったな。ボコボコにされてたで」
勝栄達は焼かれた串を各々手に取って口に運びながら先程の騒動について話していた。
「真ん中に立ってた奴って1組の奴やろ?龍一知り合いやっけ」
森永がピーマンを齧りながら聞いた。
「あぁ、同じサークルやねん。普段人殴ったりするような奴やないねんけどな」
実際、普段の嘉樹は暴力どころか声を荒げることすら殆どしない性格だった。龍一の方がよっぽど短気だ。
「そもそもなんであないに暴れるまで揉めたんやろな。まわり囲んでたやつは七組やろ」
勝英が緑茶に手をかけながら龍一に尋ねた。
「そんなん知らんて。お前らと同じタイミングで現場行ったし、嘉樹の交友関係全部把握してる訳ちゃうし」
「俺が見てる限り嘉樹が一方的に絡まれてるように見えたけどな」
この中で自分が一番困惑している中、勝英たちに質問攻めにされている状況にイライラしながら声のした方を見ると、雄基がやってきた。
「BBQの班が同じやってな、嘉樹が追加の炭取りに行ったときに七組の奴らが絡んできたんや」
「でも壱組の人と七組の奴なんて殆ど絡みないやろ。何を因縁つけられることがあるんや」
「そこまではわからんわ。聞こえる距離やなかったからな」
雄基と勝英の会話を聞きながら龍一は頭の中の記憶を手当たり次第確認していった。だが、嘉樹の口から七組の生徒の話を聞いたことは一度もなかった。同じフロアにある組の生徒とは知り合いになる機会もあるが、それ以外の組とは部活やサークル以外では顔を見る機会すら殆どなかった。
気が付くとバーベキューの終了時間になっていた。片づけを適当に終わらせそれぞれのコテージに向かい出した時、雄基が龍一を呼び止め皆が向かう方向と逆方向に連れて行った。
「話しておきたいことが二つある。架純と嘉樹のことや」
腹を満たされ、これからやってくる非日常的な一晩に浮足立ちながら戻っていく同級生たちを、遠巻きに眺めながら雄基が言った。
「嘉樹のことで何かあるのはわかるけど架純のことってなんや」
心の底に沈めておいた先程の架純とのやり取りが顔を出してきて、体温が不自然に上がった。
「映画館で架純がうちのクラスの男子と二人でおるの見たで」
「それがどないした」
「・・・・」
頭の中を飛び交う5W1Hが口から出ていこうとするのを必死に堪えながら平静を装って答えたが、雄基には全て見透かされているような気がした。少しの沈黙の後、雄基がやけに穏やかな顔で答えた。
「いや、お前にとって取るに足らんことならええねや。正味俺は架純より有希先輩の方がお前には合ってそうやと思うからな」
「なんで有希先輩が出てくんねん。アホか・・」
咄嗟に言い返しながら、何故雄基が有希先輩の存在を知っているのか疑問に思ったが、そのことを尋ねる前に雄基が答えた。
「ある情報筋から、淡路島へ向かうバスの中で山本有希という送り主からのメールを呆けた顔で眺めていたとの情報が入ったんや。あと、うちのクラスの落研部員からお前が二年生の先輩と二人で京橋花月にお笑いライブを見に行ったという話を聞いた。この二つの要素に最近の明らかに"何か"で浮ついているお前の様子を足してやると、落研で知り合った二年生の山本有希という女性に先輩後輩以上の感情を抱いているという答えはおのずと出るわな」
「バスの中で呆けた顔を晒した覚えはないし、浮ついてもないわ。そもそも、お笑いライブに行った先輩が女という証拠はどこにあんねん。落研は男の比率のが多いで」
「お笑いライブの後にその先輩と梅田のスイーツ食べ放題の店に行ったやろ。甘いものが特別好きでもない奴が野郎二人でそんなところに行くとは思えんやろ」
幾らでも反論の余地はあったが、そもそもここまで具体的に知られているということは、実際に現場を見られているのはほぼ確実だった。
「誰かに張らせてたんか」
「まさか。同級生の落研部員達が勝手に仕入れた情報を聞いただけや。せやけどお前、気をつけといた方がええで。有希先輩は男子部員の中で密かに落研のマドンナ的ポジションにおるらしいわ。油断してると嫉妬の嵐に見舞われるで」
「そんなもんすぐに諦めの温帯低気圧に変えたるわ」
「それは好意があることの自白と受け取ってええねんな」
早々に墓穴を掘った自分自身に呆れながら、龍一は脳味噌が震えた様な気がした。どう作用したかは分からないが、気心の知れた、知られた友人との会話が頭の片隅にあった全く今の会話に関係の無い記憶を呼び覚ました。
「・・・雄基、お前あの噂知ってるか」
「・・・・噂?」
躊躇なく会話の流れをぶった斬ったが、龍一の声のトーンを聴いて雄基は話題変更を即座に受け入れた。こういう察しのいいところも龍一が雄基を慕う理由の一つだった。
「俺達と同学年の奴に中学時代、暴力事件起こして鑑別所行きになったのがおるって話や」
「あー、うちのクラスの奴がそんな話をしてるのは聞いたな」
「そいつは関西でも有名なヤクザの息子らしいで」
「その話までは知らんな。でも、それがどないしたんや。暴力事件で鑑別所行くぐらいヤーさんの息子ならやりそうやん」
「まあな。ただこの学校でこの噂が皆に囁かれてるのは他に理由があってな」
龍一は一瞬躊躇したような素振りを見せてから口を開いた。
「そんな曰く付きの生徒を受け入れたのは学園長に黒い交際があるからやって話が、皆が飛びつく餌になってんねん」
「孫にお土産を買って帰ってた老人に"黒い交際"か・・」
雄基の顔が少し陰りを帯びた様に見えたがすぐにいつもの調子に戻った。
「でかい学校の経営に関わってたらそんな関係の一つや二つあるやろうし、噂のレベルやろ。それより、龍一はそのヤクザの息子が嘉樹やないかと疑ってるんやろ」
先程揉め事の中心で両手を赤く染め、傷一つない綺麗な顔で立っていたのは嘉樹だった。周りに倒れていた七組の奴らは全員何かしらの傷を負っていた。複数人相手に無傷で殴り勝つのは余程喧嘩慣れしてないと不可能だろう。それに龍一は一度も嘉樹の家に呼ばれたことが無かった。
「俺は嘉樹がなんの息子であろうが今後も付き合い方を変える気はない」
龍一は雄基の目をしっかり見ながら言った。
「でも、あいつがなんであんなことしたんかハッキリさせへんと気が済まん。あいつは友達やし、相方やから」
「なら、本人に直接聞くのが1番早い」
言うのは簡単だが、内容が内容だけに実行に移すには幾らか腹を括らなあかんと思いながら龍一は深くため息をついた。だが、この新入生キャンプ中は恐らく嘉樹に近づくチャンスはないだろうと思った。”血のBBQ事件”はつい1.2時間前の出来事で、今しがたも教師陣が立ち話している龍一達の脇を慌ただしく走っていくのを見たばかりだった。学校に帰るまで少なくとも嘉樹は自由行動は出来ない、酷ければ尼崎に強制送還されるだろう。この後戻るコテージを遠巻きに眺めながら、少なくともこのキャンプ中は嘉樹とこの話をしなくてもいいと龍一は内心ホッとしていた。
二人がそれぞれのコテージへ戻る途中、淡路島のSAで失踪事件を起こした廣田が一人で立っていた。自分のコテージが何処だったか忘れてしまったらしい。雄基がキャンプ場の地図を持っていたので廣田のクラスが泊まっているコテージまで連れて行ってやることにした。その道中、廣田が龍一に尋ねた。
「そういえば、松本君って二年の山本さんと付き合ってるん?」
あまりにも不意を突かれたので、龍一は不自然な程に力強く否定した。まさかSAのドッグランにて、ドイツで産み出された警備犬に追い回されていた様な奴から恋バナが飛んでくるとは微塵も思わなかった。
「なんやちゃうんや。僕、君らのクラスの伊藤雪穂と幼馴染やねんけど雪穂が山本さんと仲良くてな、よう松本くんの話をしてるらしいからてっきり付き合ってんのかおもたわ」
龍一と有希の間に特別な仲は無いことを知って廣田はすぐに話題を変え、どのクラスにどんな可愛い子がいるか雄基と話し出した。いつもなら龍一も一緒に盛り上がる様な話題だが、龍一は1人頭の中で不毛な妄想を膨らましていた。雪穂と廣田から別々に有希さんが自分の話をしていたと聞かされたことでそのことへの信憑性は格段に増したが、具体的な内容まではまだ聞けず仕舞いだ。ただ、廣田が二人が付き合っていると思ったということは少なくとも悪く言われていることはないだろう・・・。多感な高校生男子の脳内は際限なく膨らみ、今や大阪湾へ飛んでいきそうなほどふわふわと阿呆な顔を晒していた。
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