第2話

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第2話

 5月の澄んだ青空の下、新入生キャンプが行われる淡路島へ数台の観光バスが連なって向かっていた。阪神高速の生田川ICを過ぎたあたりで、バスの後ろの方に座っていた龍一が呟いた。  「ポートタワーっていつまでも未完成よな。なにか上に乗っけてやらな可哀想ちゃう」  「失礼なこと言うな。当時の神戸市長がオランダでありがたいインスピレーションを受けて、大金叩いて作った”鉄塔の美女”やで」  「その言い方は思いっきりバカにしてるよな」  隣に座っている勝栄に突っ込みながら彼の手元に目を写した。  「上方落語集、お前落語に興味あったん」  「リュウが落研入ってからなんとなくな。いざ見てみると奥が深くて面白いもんやな」  「まあ俺は落研いうても、落語やらんと漫才ばっかやってるけどな」  龍一がミスドで落研入会を宣言してから一ヶ月が経っていた。入学式の翌日に落研の部室を訪れて入会手続きを済ませた。同学年の入会者は合計二十人程で、入会の1週間後に新入生歓迎会が三宮のカラオケで行われた。  「新入生の皆さん、我が鳳凰大尼崎高校落語研究会に入会してくれてありがとう。僕が会長の山田です。昨今、空前のお笑いブームでお笑いファンの人口は急激に増えています。しかし、それを僕は良しとはしない。なぜなら、周りの空気に流されてお笑いを見ている者が増えれば我が国のお笑いのレベルはどんどん下がると考えているからだ。そもそも笑いとは・・」  店の中で一番広いステージ付きのパーティルームで、会長が演説を始めたときに隣の上級生に話しかけられた。  「ごめんな、あの人お笑い論語り出すと止まらなくなるから」 声を掛けられるまで気づかなかったが、その上級生は入学式の日に正門でビラ配りをしていた、着物のお姉さんだった。隣に座って声を落として話しかけてくる姿は、龍一の気持ちを高揚させるには十分すぎるほど可愛かった。 「いえいえ、お笑いに熱心な人なんすね会長」 「熱心いうか暑苦しいよね。自分のお笑い論を語ることが好きなだけで、実際おもろいことするかいうたら全然ちゃうしね。あっごめん、悪口ばっか言うて。根は悪い人ちゃうからね会長」 慌ててフォローしだしたお姉さんを見ながら、龍一は思ったよりも辛辣な物言いにギャップを感じてますますこの年上の女性に興味が湧いた。 「大丈夫っすよ。先輩は三年生ですか」 「そうやん自己紹介まだやったね。私は二年生の山本有希。地元は西宮です。よろしくね」 ニコッと笑った顔が眩しくて、顔が赤くなりそうだったので少し顔をうつむかせなから、龍一は答えた。 「よろしくお願いします。俺は一年の松本龍一です。地元は塚口です」 「塚口か、ええなあ学校近くて。私西宮北口の駅から自転車で20分ぐらいかかんねん」 有希先輩と雑談をしているうちに会長の演説はは終わっていた。続いて、新入生が1人ずつ軽く自己紹介をしていった。何人目かに自己紹介した奴は顔見知りだった。 「下町嘉樹です。西宮から来てます。好きな芸人はダウンタウンです。漫才をやろおもてます。よろしくお願いします」 自己紹介が一通り終わってからは自由に交友を深める時間になった。龍一は漫才をしようと思っていたので相方探しも兼ねて同級生と積極的に絡みにいった。しかし、どいつもこいつも帯に短し襷に長しでピンとくる者はいなかった。少々がっかりしながら一人でコーラを啜っていると下町くんが近寄ってきた。 「よう龍一君、久しぶりやな」 「嘉樹君、ひと月ぶりか。どうや相方見つかったか」 「いや皆と喋ってみたけどええ人おらんかったわ。何様やねん言う話やけどな」 軽く笑いながら嘉樹が言った。 「嘉樹君、ダウンタウンが好きって言うてたよな。ダウンタウンの一番好きなコンテンツはなんなん」 「コントはビジュアルバムの巨人殺人、漫才はクイズネタやな。あとラジオの放送室が好きで毎晩寝る前に聴いてるで」 龍一の好みと全く同じだった。ラジオを毎晩聴いてるところまで。それから1時間後、新入生歓迎会が終わったタイミングで一緒に漫才しようと思い切って言ってみた。嘉樹君は照れた顔で答えた。 「ありがとう。俺もいつ言おう思ってたんやけど、いざ言うとなるの恥ずかしくてな」 側から見たら誤解されそうなやり取りを阪急三宮駅の改札前でしてから、連絡先を交換して別れた。本当なら嘉樹と一緒に阪急に乗って帰るべきだったのだが、有希先輩と約束があったので龍一は三宮に残ったのだった。  淡路島へ向かうバスの中で、4月の三宮のことを思い出していると、勝栄が話しかけてきた。  「もうすぐSAで休憩やな。なんか美味いもんでも売ってるかな」 「休憩ていうか次のSAって淡路島やろ。もう目的地周辺、お疲れ様でしたやん」 「俺らが泊まるキャンプ場は島の南側やからな。淡路島入ってからもまだしばらくかかるで」 携帯を取り出してマップ検索してみると、確かにSAからキャンプ場まで1時間ほどかかると出た。淡路島SAは大きなフードコートや売店は勿論、大観覧車やドッグランまである観光地SAだった。勝栄とこころ、美奈と四人でアメリカンドッグを食べながらブラブラしてるとドッグランの方から悲鳴が聞こえた。 「ひあぁあ、たすけてくれぇえ」 何がどうなってそうなったのかわからなかったが、同じクラスの広田がドッグランの中でブルドック2頭、ドーベルマン3頭に追いかけ回されていた。広田の尻には潰れたフランクフルトが付いていた。ケツを噛まれるか、己の下着を大衆の面前に晒すか、どちらを広田が選ぶか見届けずにバスに戻った。出発時間になり点呼を取ると一人足りなかった。広田だ。 「おおい、誰か広田どこに行ったか知ってるか」 担任の堤先生が皆に聞いたがだれも答えなかった。クラス全員でトイレや売店を探したが、何処にもおらず、途方にくれていると誰かが観覧車の方を指差しながら叫んだ。 「おい、あれ広田ちゃうか」 皆が指の指す方に目を向けると観覧車のゴンドラの中で、広田が瀬戸内海が広がる景色を楽しんでいるのが見えた。ゴンドラが一周し下に降りてきた時には担任、副担任、同じバスに同乗していた生活指導員までもが仁王立ちでアホな広田を待ち構えていた。頭おかしいんかと25回ほど言われバチバチに怒られ、泣きながらバスに乗り込んだ広田が席に座ったところで、バスは淡路島のキャンプ場に向けて出発した。バスの中でかかっているエアコンが心地良く感じるほどに外は暑く、バスの窓から外を見ると、燦々と降り注ぐ太陽光が海面の波に反射しており、宝石の密輸船が沈んで海面にダイヤモンドが沢山浮いているのかもしれないと妄想させるほどに綺麗だった。 携帯が光ったので画面を見ると二件新着メールが届いていた。一件は架純からだった。 『キャンプ場着いたら一回二人で会お(^-^)』 わかったと返信してから二件目のメールを見ると有希先輩からだった。 『今日晴れてよかったね!新歓キャンプ楽しんできてね(≧∇≦)うちは今日実力テスト。すでにヘトヘトやわ( ;∀;)』 『暑いぐらい晴れましたね!既にSAでクラスのアホがめちゃくちゃしてくれました笑帰ったらまた詳しく話しますね(^-^)実力テスト有希さんなら楽勝でしょう!頑張ってください(`∇´)』 有希さんからのメールを返信してからキャンプの思い出話を話すことを口実に二人で会うことが出来るかもしれないと考えるとワクワクしてきた。 「楽しみやな、キャンプ」 だれにも聞こえない声で龍一は呟いた。
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