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第2話-2
目的地の淡路島シーサイドキャンプ場には11時前に到着した。淡路島の南側にあるこのキャンプ場にはコテージやバーベキュー場だけでなく、海側には大型のイカダが多数浮かんでおり、釣りやイルカとの触れ合いを楽しめるようになっている。バスから出るとキャンプ場の真ん中の広場に全員集められ、これからのスケジュールや注意事項のアナウンスが北波隆輔教頭からあった。入学式の時にも見かけたが、浜田学園長とは対照的な大人しく物腰の低い好々爺で、注意事項を読み上げた後に、
「注意事項だけみなさんしっかり守って貰えれば是非、ちょっとやり過ぎなぐらい遊んでください。新入生キャンプは我が高校に入学して初めての大きな思い出になるイベントです。悔いのないように」
と、満面の笑みを浮かべて言った。この言葉に応えるように大多数の生徒が歓喜の雄叫びをあげた。その中には広田もおり、キャンプ場でも彼がやらかしてくれることを祈りながら、龍一は広田に向けて手を合わせた。集会のあと、出席番号順に五人ずつ分けられた班ごとにコテージへ向かった。龍一と勝栄のコテージはキャンプ場の東側の海沿いにあった。コテージの中に入ると既に三人が中で荷物を解いているところだった。
「おっ、やっと来たなお二人さん。自分ら来るまでどのベッドに寝るか決められへんかってんでえ」
大阪の京橋出身の森永誠二が元気よく二人に近寄ってきた。コテージは二階建てでベッドは二階にあった。両側の壁沿いに二つずつベッドが並んでいて、部屋の真ん中に、簡易ベッドが取って付けたように置いてあった。
「ごめんごめん、ちょっと野暮用で時間取られてな」
勝栄が森永の肩をポンポン叩きながら謝った。龍一がテンションの上がっている森永にカンチョウされたところで、同部屋の山神拓三と和久田謙斗も三人に寄ってきた。
「誠二くん、カンチョウはやり過ぎると肛門が裂けて手術しなあかんようになることもあるらしいから、ほどほどにしはった方がええよ」
山神が森永に穏やかに言った。山神は京都の一乗寺にあるラーメン屋の息子で、乗り換えによっては二時間近くかかるため、高校が用意した借り上げ寮で暮らしている。因みに、龍一も同じ寮に入寮している。
「全員揃ったんやったら、じゃいけんしてベット決めよ。はよ着替えとかベッドに出しときたいねん」
クラス一のアニメオタク、和久田謙人が急かすように言った。アニメや漫画の他にゲームにも精通しており、何かの世界大会に出場した経験もあるらしい。
「よっしゃ、ほなじゃいけんや」
森永が大きく振りかぶりながら叫んだ。
「なんで俺が腐れベットやねん」
森永が簡易ベットに寝転がりながら不貞腐れたように言った。
「じゃいけん負けたお前が悪い。諦めろ」
龍一が旅のしおりを開きながら言った。スケジュールを確認すると、次はバーベキュー場でバーベキューをすることになっている。12時に向かえばいいので、まだ30分ほど時間があった。
「バーベキューもこの班で作るんか」
「男子の班と女子の班1組ずつ組んでやるみたいやな。俺らは雪穂たちの班とやな」
勝栄の問いに、しおりを見ながら龍一が答えた。
「雪穂おるんか。そらテンション上がるで」
森永が簡易ベッドをギシギシいわせて飛び跳ねた。
「そういや、うちのクラスでもう付き合ってる奴おるって知ってるか」
勝栄が思い出したように言った。
「バスケ部の大川と吹奏楽部の柿沢でしょ。今日バスの中で大川から聞いたで」
山神がパジャマを畳みながら答えた。
「柿沢か。ならええわ。許す」
森永があぐらをかいている膝をピシャリと叩きながら言った。その様を見て他の四人が苦笑いしていると、入り口のドアがノックされた。勝栄が扉を開けると架純がドアの前に立っていた。
「あっ水戸くん」
「よっ、龍一やろ」
勝栄が答えながら俺の方を少しだけニヤニヤしながら見た。なに笑てんねんと目でツッコミながら照英と入れ替わる形でドアの前に来た。
「ごめん、メールで言うてたやつやんな。抜けるタイミングなくてな」
「うん大丈夫、今ちょっといい?」
勝栄たちにちょっと抜けると言って架純と外に出た。
「あいつら付き合ってんのか」
「いや、付き合ってはないらしいで。幼馴染でずっと一緒にいたって言うてたわ」
「一年生の鳳凰十女神の1人と幼馴染とか羨ましい限りやな」
「でも龍一をパイプ役に俺らも仲良くなれるんちゃうか」
「まだ付き合ってはれへんのやったら、チャンスあるやろうね。ただ二人の雰囲気見る限りは、早めに動かなあきませんね」
部屋に残った勝栄たちは龍一と架純を話のネタに盛り上がった。
バーベキュー場はコテージのあるエリアから細い道路を一本挟んだ北側にあった。バーベキューコンロとテーブル、作業台が1セットで40セットほどあり、中々の広さだ。勝栄達が先に来ていた雪穂たちの班とテーブルに着いたところで龍一がそそくさとやって来た。
「遅かったやん。揉めたんか」
「うん、まあな」
苦虫を噛み潰したような顔で龍一が言った。四組の方を見ると、架純が一切こちらを見ずにテーブルに着いて、クラスメイトと談笑を始めていた。龍一とはうってかわって何も嫌なことなどなかったような顔をしているのを見て、少し怒りが湧いた。
担任の教師が皆にバーベキューの説明を始めたのを聞きながら、先程架純と交わした会話を思い出していた。
「お笑いにそこまで本気になってるのが滑稽やわ」
前後の内容はすっ飛ばして、そのフレーズだけが頭の中に出てきた。その言葉は一通り頭の中をぷかぷか浮遊して、俺の心臓の中にドプンと音を立てて沈み、沈んだところを中心に心の中の水がふつふつと沸騰してきた。
「おい、大丈夫か」
気が付けば、勝栄が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「今にも人殺しそうな顔してたで」
無意識に心理状態が表情に出てしまっていたらしい。勝栄には適当にごまかしてバーベキューの準備を始めた。班ごとに渡された野菜や肉を味付けし包丁で適当な大きさに切っていった。切ったトウモロコシを串に刺していると、雪穂が隣に寄ってきて話しかけてきた。
「松本君、有希さんと知り合いなん」
不意に有希さんの名前が出てきたので危うく串を落としそうになったが何とか堪えて平静を保った。
「ああ、落研で一緒やからな。雪穂こそ有希さん知ってるんやな」
「家が近くて小中学校一緒やったからね。昔からよく一緒に遊んでてん」
皿の上に盛られているピーマンを手に取りながら雪穂が続けた。
「有希さん最近すごい楽しそうやねん。落研の後輩にいい子が入ったって。松本君は有希さんのこと好きなん」
今度はトウモロコシの刺さった串をぽろっと落としてしまった。
「唐突になんやねん。串落としてもうたやんけ」
「いい子が入ったって言うた瞬間に顔緩めすぎやで。猿でも松本君が何思ってたかわかるわ」
今日は顔面に感情が垂れ流しになっているらしい。
「まあええやんか。有希さんやって松本君のこと・・」
雪穂がなんと言ったのか聞き取れなかった。バーベキュー場の端にあるトイレの方から複数人の怒号が聞こえたからだ。
「「なんじゃお前やんのかコラァ!!!」」
「「上等じゃかかってこいやぁ!!!!」」
教師が数人、声のする方へ駆けて行った。殆どの生徒が手に持っている食材を置いて教師たちの後に続いた。古文の女性教師が生徒たちを制止しようとしていたが、俺たちを含め誰も言うことを聞かなかった。現場に着くと男子生徒が数人揉めているのが分かった。まん中に一人、それを取り囲む形で五人男子生徒がいた。立ち位置的に数人の男子が一人の男子をリンチしていた様に見えたが、血を流しているのは五人の方だった。真ん中の生徒の顔を改めて見た。
「えっ」
「どないした」
勝栄が尋ねた。
「真ん中に立ってるやつ、嘉樹や」
勝栄は何も言わなかった。
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