第1話-3

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第1話-3

 一年弐組と書かれた教室に入ると中年の男が教卓の前に立っていた。  「おはようございます。」  「おはようさん!ホワイトボードに貼ってある座席表見て自分の席に荷物おいてな。そのあとは各々体育館に向かってちょうだい」  「はい。体育館は合格者説明会を行ったところですよね」  「そうそう!もし場所忘れてたらまた声かけてな!」  わかりましたと返事をしてから座席表に目をやった。席は一列六席で五列並んでいた。一番右の列に目をやると前から三席目に俺の名前があった。その一列左の席に立浪こころと書いてあるのを確認したタイミングで、後ろから声をかけられた。  「一緒のクラスやったねー。席も近いしよかった」  「エレベーターの張り紙見たか」  「うん。架純ぷりぷり言いながら階段上っていったで」  「怒る元気あるならよかったわ。あいつ入試手応えなかったんかな」  「実は入試の後、二人でミスド行ったときに結構へこんでてん。落ちるかもしれないって、泣きそうになってるぐらいやったもん」  「そやったんか。あいつそんな素振り全然見せへんかったのに」  「龍一入試手応えあったって言うてたし落ち込んでる所見せたくなかったんでしょ」  そういう時こそ頼ってくれればいいのにと寂しい気持ちになったが、いまさらそんなこというても遅いやろと自分の心の底に気持ちを埋めた。すぐに席に荷物を置いて、こころと入学式の行われる中央体育館に向かった。体育館の二階に着くと既に多くの生徒が席に着いたり固まっておしゃべりを楽しんでいた。  「やっぱ一学年集まると壮観やな。合格発表の時はすぐ帰ったからほかの生徒を全然認識してへんかったし」  「全部で250人以上いるもん。どこがうちのクラスかわからへんわ」   「君ら弐組やんな」 後ろを振り返ると二人の男女が立っていた。  「さっき教室で見かけてん。俺らのクラスは一番前列の左側やで」  男のほうがさわやかな笑顔を見せながら教えてくれた。四人でクラスの場所へ向かいながら四人それぞれ軽く自己紹介をした。男のほうは水戸勝栄、女のほうは辰本美奈と名乗った。二人とも大阪市内の同じ幼稚園に通っていたらしくそこから今までずっと一緒にいる幼馴染とのことだった。  「そういえば、さっきの玄関ホールでの騒ぎ知ってる?」  「ああ、その現場にいたからな。アホな奴らやで、一日目からいきりすぎや」  心の底からの侮蔑を込めて吐き捨てると勝栄が申し訳なさそうな顔をした。  「すまんな、あいつら同じ中学やねん」  「いや、こちらこそすまん。友達やったか」  こちらが慌てて答えると勝栄は笑いながら答えた。  「あんな頭の足らん友人を持ちそうに見えるか俺。中学でもしょうもないことで突っ張って浮いてたんやあいつらは」  「そうやったんか。けどあんなことでここの高校は退学になるんやな。噂には聞いてたけど、恐ろしいとこやな」  内心ほっとしつつ俺は少し会話の方向を変えた。  「退学になっても鳳凰グループの高校に編入できるみたいやけどな。ほら大阪の山奥にある全寮制の高校あるやろ。あっこや」  勝栄の言っている高校は豊能郡にある妙見口学園のことだった。厳しい規律で三年間鍛え上げられる高校より刑務所に近いといわれる高校で、毎年脱走する生徒が数十人いるらしい。脱走したところで9割の生徒が捕獲され高校に戻されるらしいが。  「なるほど、うちでなにか不祥事を起こした奴は山奥に幽閉されるのか。いよいよ恐ろしくなってきたな」  「強制ではないらしいけどな、高校中退になるよりは鳳凰グループの高校に行かせたほうがいいと判断する親がほとんどやろうからほぼ強制やな」  「あいつら三年間耐えられるのかね。階段を使うことすらできなかった奴らが」 「脱走して動物のえさになるのが落ちやろうな、かわいそうに」  愚か者たちの将来を案じているうちに弐組の席に到着した。一クラス分の席は横に五席の列が六列並んでおり半分以上の席は埋まっていた。出席番号順に並ぶよう指示が書いてある前方の立て看板を確認してから女子二人と別れて勝栄と席に着いた。  「このタイミングで出席番号一つ前の奴と知り合えてよかったわ」  勝栄が席に座りながら嬉しそうに言った。  「こちらこそ。知らん奴とお互いに機嫌伺いながら話すのはしんどいからな。」  「俺にはそんな気遣いいらんからな」  「もとから気遣うつもりなかったわ。ごめんな」  「そういわれると腹立つな」  二人で軽口を叩いているとチャイムが鳴りその後に場内アナウンスが流れた。  「新入生の皆さん、九時三〇分より式が始まりますので、出席番号順に着席し待機していてください」  前のステージの横に掛かっている時計を見ると式開始十分前だった。弐組の席はほとんど埋まっていたが俺の勝栄と逆の隣の席はまだ空席のままだった。隣の壱組の席のほうに目を向けると雄基が数人と談笑しているのが遠くに見えた。なぜか少しだけ切なくなったので勝栄との雑談に戻った。  担任の教師がゲイだったらどうするかという話で盛り上がっているうちに九時三十分になった。マイクがハウリングする音が聞こえた後に良く通る女性の声で入学式が始まった。君が代と校歌を歌ってから学園長のあいさつが始まった。壇上に上がった学園長は紋付き袴を着たおかっぱ頭のゴリラ顔だった。メスゴリラを物色するような顔で会場を見回した後吠えるように話し始めた。  「新入生諸君、入学おめでとう。私が鳳凰大学付属尼崎高等学校学園長浜田玄徳だ。私は無駄な行為は嫌いなので早速本題に入る。今日から君たちはわが校の生徒になるわけだが、わが校にいる三年間は絶えず周りと競争してもらうことになる。競争の舞台は学業だ。この世の中教科書のあるものなどほとんど存在はしない。あるとしてもそんなものは近い将来人間がするものではなくなるだろう。つまりこれからの社会で生きていくためには教科書の存在する学業ごときでつまずいているようではダメなのだ。あえて言おう、カスであると。なのでわが校は学業の成績順にクラス分けしており、一年に一回クラス替えを行う。クラス替えの時点で所属しているクラスより下位のクラスに落ちた場合は部活サークルすべての団体の所属を取り消し、週六日行われる補修への参加を義務付ける。騒がしくなったな。まあそう嘆くことはない。少なくとも今の学力のレベルを落とさなければ補修は受けずにすむ。運動に精を出すのも芸術に精を出すのも自由だ。ただ、一つだけ言うておく。スポーツで飯を食う、歌で芸術で笑いで喋りで漫画で小説でモデルで飯を食う、大いに結構だ。しかし、そんなことができる人間は本物の才能がある一握りの人間だけだ。ではあとの大多数の凡人が飯を食うためにはどうするか。勉強するのだ。幸い日本は凡人が最も生きやすい学歴社会だ。皆納得のいかない顔をしているな。先に私がした話を忘れたか。教科書があるものを学ぶだけでいいのだ。やったかやらないかそこの違いだけだ。努力をするのも才能だとほざく輩がいるがあんなものは努力しなかった自分自身への言い訳にすぎん戯言だ。わが校ではそんな暇はないぞ。勉学に励み、自分の好きなことを全力で取り組み濃密な思い出を抱えて三年後ここから出ていけるよう努めろ。そのためのバックアップはわが校は惜しまない。以上」  最後のバックアップの発音が無駄に良かった。 阪急塚口駅の北側にあるミス・ドーナツが昔からの俺たちのたまり場だった。五人が集まって今日会ったことを話しだしたときには夜の19時過ぎになっていた。 「いやー今日は濃厚な一日やったな」 コーラの氷をストローで回しながら聖斗が言った。 「架純が遅刻して、退学者が出て、学園長のありがたいスピーチを聞いたからな。日記付けてる奴は今日のネタには困らないやろうな」 「私が遅刻したことは余計やで龍一」 架純が俺を睨みながら五つ目のドーナツに手をかけた。式の後各自教室でホームルームを済ませ、部活やサークルの説明や加入手続きをしてから各自でミスドに集合した。架純はこころと一緒に一番初めにミスドに来て話し込んでいたらしい。俺は一旦家に帰って弟と王将で夜ご飯を済ませてから来たのでここに着いたのはつい五分前のことだった。 「そういや野球部は今日練習せんでええんか龍一。うちの高校強豪やから練習多いやろ」 「ああ、野球部入部するのやめてん」 俺以外の全員が一斉にこっちを向いた。 「ほんまなん?こないだまでやる気満々やったやん」  こころが心配そうな顔で聞いた。 「実はな、自分の中ではかなり悩んでてん。野球自体は好きやけど中学の時のこともあってもう団体競技に嫌気がさしたのもあってな。うちの高校、落研がかなり本格的な奴やから掛け持ちできるわけがないってのもあって今日実際に両方除いて決めてきてん。俺は落研一本でいきます」  騙していたような気持ちになって、駆け足で一気にしゃべり最後はなぜか敬語になった。数秒の沈黙の後雄基が口を開いた。 「ええやん落研、龍一はそうしたほうがええって俺思てたしな」 「せやな、俺らに相談なかったのは寂しいけどな!」 聖斗が拗ねたような口調で言った。  「なんでも人に話せるもんちゃうやんか。人間あんたみたいにがさつやないんやから」  「そんなきついこと言わんといてやこころちゃーん」  「落研やったら野球部よりは自分の時間とれそうやね」 嘆く聖斗を横目に架純が微笑みながら言った。 「せやねん。月曜は毎週休みで日曜も基本的にはなにもないらしいから勉強とかも苦労せずに済みそうやわ」 「そういえば早速来週テストあるよね。もうこないだ受験終わったところやのに最悪やわ」  架純の顔からさっきの微笑みは消え去り、いてもいなくてもだれも困らない芸能界の大御所を見るような目を天井に向けた。架純の言葉をきっかけにテストの話題になりみんながどこに加入したかを聞きそびれてしまった。聖斗が八組を小ばかにするような発言をしてこころに本気で怒られたところでみんな帰ることにした。こころに平謝りする聖斗 を置いて雄基とミスドから出ると店の前に止めてある自転車が駅の方向に向かって将棋倒しになっていた。その自転車を一台ずつ起こしてる男はうちの高校の制服を着ていた。 「下町君やん。どないしたん」 雄基がその男に向かって言った。 「吉田君か。いや俺の自転車が他の自転車の下敷きになっててな。しゃあなし全部起こしてんねん」 「大変やな。手伝うわ」 二人で下町君を手伝って全部の自転車を起こし終えた。俺と下町君は互いに自己紹介をして彼の名前が嘉樹であることを知った。嘉樹と別れてから踏切待ちをしているときに雄基が不思議そうに言った。 「あれ、下町君て西北に住んでるっていうてたのに、なんでチャリなんや。西宮北口なら阪急で来る距離やろ。足を鍛える理由でもあんのかね」 琵琶湖を走って渡り、岸の向こうの囚われた人妻との逢瀬を楽しむ下町君を妄想しながらふと前を向くと、通過している電車の中で下町君が本を読んでるのが一瞬見えて、消えた。 「あいつ、ええ奴で照れ屋なんやな」 雄基が笑いながら言った。  踏切を渡ってさんさんタウンの前を歩いていると自動ドアからゴリラ顔の老人が出てきた。 「学園長先生、さようなら」 俺たちは制服だったので、何か言われる前に先手を打ったほうがいいと思い、声をかけた。 「おう、さようなら。あまり遅くまでうろついてるとおせっかいな人間に通報されるから早く帰ったほうがいいぞ」 学園長が笑いながら言った。 「このまままっすぐ帰ります。先生もお帰りですか」  雄基が聞くと、学園長は少しだけためらうような間を空けてから言った。 「ああ、孫が好きなシュークリームがさんさんタウンで売っててな、今から急いで帰って冷蔵庫に入れないといかんから、すぐ帰るぞ。二人とも家は近いのか」 「僕らここから歩いて数分のところなんです。先生は尼崎ですか」 「私は芦屋なんだ。今から帰るのがめんどくさいよ。じゃあ二人とも気を付けてな。明日学校で見かけたらぜひ声をかけてくれ。でわ」 気さくに片手をあげて駅のほうへ学園長が向かっていった。それとすれ違いに聖斗たちがやってきた。聖斗が驚いた顔をしながら近寄ってきた。 「今の学園長やん。なんか言われたか」 「シュークリームが好きな孫のために芦屋川まで帰っていったで」 聖斗が顔の筋肉を総動員して、訳が分からないと訴えていた。
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