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俺がようやく暗闇から抜け出すと、そこはだだっ広い平原だった。
どこまでも草原が続き、青空も地平線の彼方へと伸びている。平原に気持ちのいい風が駆け抜け、草を揺らし俺の服をなびかせた。
平原に佇む俺は絹でできた羊飼いの服装に身を包み、手には太い木の棒を持っている。両足にやわらかい感触がして足元を見ると、もこもこの毛の羊が二匹足に身を擦りつけていた。
チュートリアルの胡散臭い言葉を俺が数分後に諦めた理由の一つがこれだ。
他のやつらが剣士(ソルジャー)とか魔術使い(マジックキャスター)とか竜騎士(ドラグナイト)とか闘士(ウォーリアー)とか狂戦士(バーサーカー)とか死霊術師(ネクロマンサー)とかRPGの職業に出てきそうな役職や、黒炎の王(ダークオブエンペラー)とか創成の大妖精(フェアリーテイル)とか最終兵器(エンド・オブ・ワールド)とか、中二病がつける恥ずかしい名前の役職を与えられたにもかかわらず、俺だけ羊飼い(ただの遊牧民)という戦闘力ゼロの役職でどう戦えというのか。
チュートリアルから二分後に俺の学園生活は詰んだのだ。
「こんなときにぼーと考え事なんて、おへそでお茶が湧いちゃうよ」
横からふいに刀が振り下される。それをギリギリ避けた俺は、飛び退くように距離を取った。
五メートルほど先には、薄手の黒く長い布で口元を隠した香蓮がいた。
黒装束の衣装は忍者のようにも見える。二階から大ジャンプできる運動神経を持つ彼女の特性を活かした服装で、なにより羊飼いより強そうだ。
「啓介は今、全世界の女の子の敵だよ」
竹刀の代わりに刃こぼれした刀を構える香蓮は全身から殺気を漲らせ、瞳には怒気をはらんでいる。
「だから私は全人類の女の子代表として戦う。そして、私が勝ったら啓介の一番大事なものをもらうよ」
七海香蓮。俺の残念な幼馴染であり、剣道、陸上、空手などあらゆる部活動の大会で上位をもぎ取っている県下では有名な大会荒らしだ。家に飾られているトロフィーは数えきれない。
そんな彼女にとって勝利とは何かを得ること。勝利には正当な対価を。これが彼女の口癖だ。今回は優勝トロフィーの代わりに俺の大切なものを奪おうというのだ。
そんな香蓮の性格が『盗賊(シーフ)』の役職を彼女に与えたのだろう。
だが、俺はそんな彼女の考えを嘲笑した。
単純な殺し合いなら俺に勝ち目はない。だが、あらゆる競技を荒らしまわる運動神経を持っていても、単純で素直な性格さゆえに、討論バトルにおいて香蓮は俺の敵ではない。
「いいだろう。だが、お前がスポーツ選手である以上、フェアな勝負をしようじゃないか。俺が勝ったら、俺の言うことをなんでも一つ聞いてもらおう」
これで香蓮もひるむはずだ。我ながら完璧なハッタリ。
だが、香蓮は意気消沈するどころか、殺る気に満ち溢れた表情で刀を構える。
「望むところだよ!」
香蓮が気持ちのいい返答した直後、俺と彼女の間合いは一瞬にして縮まった。
「啓介のエッチ!」
言葉の重みを乗せて振り下ろされる初太刀を、俺と羊たちがかわすと、斬撃の衝撃波で彼女の前方の地面が細長く抉り取られた。
続いて「変態」「のぞき魔」など罵倒を叫びながら、彼女は刀を振り回す。こんな言葉でも徐々に彼女の力が強くなり、スピードも技の切れも増していく。
そうこうしているうちに俺をかばって羊が一匹やられた。さらにもう一匹も見せ場なく切り捨てられ、仰向けになって目をぐるぐると回している。
やはり羊飼いの戦闘力は皆無だ。このままではじり貧である。
だが、彼女は大切なことを忘れている。これは、俺が香蓮のパンツを見たかどうか、の討論ということだ。
彼女は俺がパンツを見たことを前提に話を進めているが、その前提を揺るがせば済むだけの話。
だから俺はお昼に放送されている二時間サスペンス劇場の犯人のごとく得意げな顔でこう言った。
「何か証拠はあるのかね」
俺は香蓮の上段からの一撃を木の棒で軽々と受け止めた。
これが討論バトルの特徴である。言葉の内容でパワーアップの質も変わる。
今の反論一つで俺の力が香蓮の力を上回ったのだ。
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