討論の番人。白きケルベロスの正体

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討論の番人。白きケルベロスの正体

白千条高校学園には『白きケルベロス』と呼ばれる組織が存在する。 その組織はたった三人で構成され、そのうちの一人が、見た目が完全に幼女の玉木みなもだ。実年齢は不明だが、彼女はこの学園の卒業生らしく、俺たちより年上なのは間違いない。  彼らのティアリアには監視者専用のアプリがインストールされていて、たった三人で全校生徒を管理する白千条学園の法の番人だ。 第二校舎二階の最東端に位置する教室が、『白きケロべロス』の本拠地こと『生徒指導室』。 現在、その部屋から演劇部ばりの発声が放課後の校舎内に響いていた。 「白千条高等学園、楽しい学園生活を過ごすための討論マニュアル、ルールその一~、『討論の決定は絶対順守される』なのです」 お遊戯会のように声を張り上げる玉木に続いて、正座している俺たちも復唱する。 「「その一~、『討論の決定は絶対順守される』」」 「その二~、『法律は学内でも適応。暴力、窃盗、十八禁はダメ絶対』なのです」 「「その二~、『法律は学内でも適応。暴力、窃盗、十八禁はダメ絶対』」」 「その三~、『議題の内容の大きさは、それに応じた人どうしでないと承認されない』なのです」 「「その三~、『議題の内容の大きさは、それに応じた人どうしでないと承認されない』」」 「その四~、『細かいルールはティアリアを参照に』なのです」 「「その四~、『細かいルールはティアリアを参照に』」」 ほっこりと満足げな顔の玉木を俺たちは眺める。 正座した状態の俺たちとほぼ同じ高さにある幼女の充実感に満ちた表情を奪いたくはないが、足のしびれが限界にきていてしきりにつま先を動かしていた。 「玉木ちゃん、そろそろいいんじゃないかな」 「牧野くんに反省の色が見られません。これが反抗期というやつですか。そもそも毎回問題を起こすお二人が悪いんですよ。さすがの玉木も怒りを隠せません」 永遠と続くような説教に、トイレを我慢するときのように体を揺らす俺の隣では、香蓮が体を縮めていた。  彼女のポニーテールもしゅんとしていて元気がない。 「香蓮ちゃんは二階から飛ばない。牧野くんも窓から出ない。それにですね」 「まあまあ、その辺にしておきなさい」  玉木の止まらない説教を見かねたのか、窓際で外を眺めている紳士服に身を包んだ白髪の老人が、低く落ち着きのある声色で彼女を諭した。 彼は空を見上げながら、片手に持っていたティーカップを口元に運ぶ。 彼が『白いケロべロス』の一年生担当管理者、犬塚(いぬづか)クロード。 優しく頼もしく紳士的で、まさに大人の男。一年のときにこうやって連行されるたび、深く追求せず優しく微笑みかけて、黙って紅茶をご馳走してくれた。 「そうやって、クロードさんが甘やかすからいけないのですよ」 年齢不詳の幼女、玉木みなもが二年生担当管理者だ。 進級してまだ一か月だというのに、何度もお世話をかけてしまっている。 「クロードのおっさんには何言っても無駄だ。みなもも早いうちに諦めとけ」 椅子に豪快に座って雑誌を読む女性。彼女が三年生担当管理者、雪ノ下小春(ゆきのしたこはる)。 禁煙中らしく口にキャンディーの棒を咥えている。ジーパンで大きく股を開いている姿からは女性らしさが感じられず、さらに年齢は三十歳のおばちゃんで――。 「おい、誰がおばちゃんだ」 ドスのきいた声と同時に俺の頬は両端からの圧力でつぶされた。  小春が眉間に青筋を立てて、俺の頬を鷲づかみにしている。 「あれ、おかしいな。もしかして小春さん、エスパーか何かですか。いくらエスパーでも人の心を読むのはプライバシーの侵害ですよ」 とぼけたように俺は視線を彼女から逸らす。 「ほう、いい度胸だな。心の声がだだ漏れだったぞ」 「いったいいつから!」 「私たちの紹介を始めたところからだ。見てみろ、あのおっさんの満足そうな表情を。なんかムカつくな。あと、私はまだ二十八だ。お姉さんだろ」 「アラサーじゃないですか」 「二十代だ」 「四捨五入すれば三十歳だ」 「ほう、お前は喧嘩を売る天才だな。なんなら、討論で白黒はっきりつけてやろうか。元Aランクの私に挑む度胸があるならな」 「ちょっ、ちょっと小春ちゃん。ストップ、ストップですよ」 火花を散らす二人の間に、玉木が小さい体を割り込ませる。 「なんだよ、みなも。これからがいいところなのに」 「暴力ダメ絶対とお説教したばかりなのです。小春ちゃんが破っちゃダメじゃないですか」 「これは暴力じゃねえ。教育的指導だ」  たしかに頬を掴まれたときも絶妙に痛くない力加減だった。  そのとき、小春のティアリアが振動した。内容を確認した彼女は小さく舌打ちして、椅子に深く座りなおす。 「命拾いしたな牧野。次は心の声にも気をつけるんだな」 すると空中の画面に、戦闘の様子が映し出される。  彼女のティアリアだけ反応したということは三年生どうしの戦いだろう。  体中に武器が装備されたロボットと、対照的にグローブとハーフパンツの格闘家の対戦のようだ。すると、小春がスクリーンに向かって舌打ちした。 「またこいつか。ロボットのやつ連戦連勝で調子のってんな。一日に何回勝負すりゃあ気が済むんだよ」 野次馬のように叫ぶ小春を、俺は半目で見る。そのとき、隣で終始無言を貫いていた香蓮が口を開いた。 「私が殴っちゃったのが悪いんです。それに竹刀でも叩いちゃいました。だから、罰は私だけじゃダメですか」 「香蓮。余計なこと言うな」 香蓮は見られていない罪まで告白する。 そのバカ正直さは彼女の長所だが、不利に働くことの方が多い。小刻みに震えている香蓮だが、この震えは足のしびれのせいではない。 怖いのだ。にもかかわらず、嘘がつけないのである。  腕を組んで考え込む玉木を見て、俺にも緊張が走る。 「そういえば、香蓮ちゃんは週末大会でしたよね」 「はい。陸上の大会です」  校内で暴力。出場停止には十分な材料だ。  香蓮にとって大会とは自分の存在意義を示す場所。そんな彼女のアイデンティティを奪われるかもしれない状況に、俺たちが体を強張らせていると、玉木は手を顔の前で握った。 「ファイトですよー」  予想外の返答に香蓮があたふたとお礼を言うと、玉木は満足げな笑みを浮かべた。それを横目で見ていた小春が飴の取っ手を噛みながら呆れたように言う。 「アホか。処罰の話をしてたんだろうが」  余計なことを、と俺が小春を睨むが彼女はそれを完全にスルーした。 「そうでした! うーん……、では、香蓮ちゃんは大会で上位に入賞すること、牧野くんは買い物につき合うこと。以上です」  香蓮の条件はともかく、俺の罰は完全に玉木の私用だ。 罰の内容に気が緩んだのか、俺は急に足の痺れを思い出す。 「ふふ、みなもならそう言うと思った」  小春は棒キャンディーを咥えながら呆れ顔で笑ったあと、再びスクリーンに視線を戻す。 窓辺ではクロードが全て承知していたかのように紅茶を口に運んでいた。
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