天真爛漫なスーパー残念幼馴染、七海香蓮(ななみかれん)登場

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天真爛漫なスーパー残念幼馴染、七海香蓮(ななみかれん)登場

 二年一組の教室、一番後ろの窓際の席が俺こと牧野啓介の席である。 俺は壇上の教師には目もくれず、黒板の上の時計を凝視する。時計の秒針がカチッカチッと一秒ごとに着実に歩を進める。  秒針が第四コーナーを曲がりラストスパートに差し掛かったころ、「それでは――」と教師がまとめの言葉に入った。俺は息を飲む。腰を軽く浮かせて前傾姿勢になってカウントダウンを始める。 「三秒前、二、一……」  時計の針が頂点に達し、スピーカーからホームルーム終了のチャイムが流れ始めた瞬間、俺は左手で鞄をはぎとり、スピンで一瞬のうちに椅子の後ろに回り込む。そして、教室の入り口ではなく窓の方向に駆け出した。  ガラス戸を開け放ち、拳銃を取り出すかのように鞄からスニーカーを引き抜いて、窓の縁に片足をかける。  右手には靴、左手には鞄を持ち、俺は両腕を広げて目の前に広がる校庭へと飛び出そうとする。それはさながら自由な空に羽ばたくひな鳥のごとく。  そんな希望に満ちた俺の体を大きな影が覆った。  空を仰ぎ見ると、そこには太陽と被さって、二階から校庭に飛び降りる女子生徒の姿があった。スカートの裾を鳥の羽のようにはためかせながら、俺の頭上を通過する。 「水色のしましま」  過ぎ去ったあとの太陽光に目を眩ませながら俺は呟いた。  その少女は俺の前方三メートルの場所に着地して、こちらに身をひるがえすと、手に持っていた竹刀を抜刀し、ホームラン予告のようにこちらに剣先を向ける。 「いざ尋常に勝負だよ」  ポニーテールを揺らしながら、ブラウンカラーの瞳を向けて少女はにんまりと笑みを浮かべた。まるでひな鳥を狙う猛禽類のようだ。 「くそっ。なんでここから出るって分かったんだ」 「ふ・ふ・ふ」  少女はわざとらしく笑う。その得意げな表情がなんとも腹立たしい。 「甘いよ。甘すぎるよ。昼休みに下駄箱から靴を抜き取ったことはリサーチ済みだ」 「ストーカーか」 「残念。私は君の幼馴染だよ!」  俺の残念な幼馴染こと七海香蓮(ななみかれん)に憐みの目を向けて、俺は深くため息をついた。 「なるほどな。俺の奇策も予想済みだったわけだ。敵ながらあっぱれと褒めてやろう」 「いやー、それほどでも」  香蓮が頭をさすりながら照れる。その瞬間を見逃さず俺は華麗に後ろに飛び空中で反転、教室の床に指を立ててクラウチングスタートの態勢をとった。 「なら、正攻法で逃げるまで」  俺はスタートを切る。  教室の後ろの通路を颯爽と走り抜け、反対方向の玄関から逃げ切るつもりだ。  しかし、そのとき後方で「必殺」と香蓮の声が轟いた。 「香蓮ちゃんスペシャル切り」  恐ろしくダサい技名を叫んで、窓枠から驚異的な跳躍した香蓮は、俺の足元目掛けて両手で竹刀をフルスイングした。 足元をすくい上げられた俺は、靴と鞄を放り投げて顔面から床にダイブする。  摩擦でやけどした顔を抑えながら床を転げまわる俺だが、その動きを封じるように香蓮が俺に馬乗りになって「つーかまえた」と愉快そうに歯を見せて笑った。  そしてチャイムが鳴り終わる。  教室では、後ろで繰り広げられる俺と香蓮の寸劇を何事もなかったように生徒たちが振る舞い、ある者は部活に行き、ある者は友人たちと雑談を始める。  俺たちが存在しないかのように教室は日常の放課後の風景を取り戻していった。  だが、それはこの学園では当然の光景だった。
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