宝田光の事情 1

1/2
65人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ

宝田光の事情 1

 待ち合わせのカフェの自動ドアをくぐり、目を泳がせると、窓際に座る音無さんを発見した。私が軽く頭を下げると、音無さんは小さく微笑んで片方の手を胸の高さに持ち上げた。  カウンターでいつものカフェオレを注文し、受取口から再度窓際の方に顔を向けると、コーヒーを口に含んでいる姿が見えた。先ほどとは違い薄暗い表情をしている。  なにかあったのかな、と思う。  音無さんは私よりも7つも上の27歳。仕事はハードだし、今日の休みだって急に時間を作ってくれたみたいだし……、疲れているのかもしれない。  この後映画に誘おうかと思ったけど、やめたほうが良いかな。  モヤモヤと考えながら「お待たせしました」と言って、彼の向かいに座った。 「いや、光は時間通りだよ。大丈夫」  音無さんはいつも暖かい笑顔をくれる。それは陽だまりのように優しくてほっとさせてくれる空間で。でも今は影がさしているようにも見える。 「音無さん、もしかして疲れてます? 今日大丈夫でしたか?」  私がそう言うと、彼はますます表情を暗くした。 「いや、俺から呼び出したんだから。来てくれてありがとう、光」  私は首をゆるく振った。なんだろう。本当に元気がない。 「どう、し」 「あのな、光……」  私達の声が重なった。私は黙って音無さんの次の言葉を待った。  音無さんは、苦しそうに見えるほど眉間に皺を寄せていて、絞り出すように少しかすれた声を出した。  その声は、ゆっくりと私の耳に届く。 「別れてほしいんだ」  え? 音にならずに喉で止まった。 「ごめん……」  頭を下げる彼をスローモーションで見ているように感じる。今なんて言われた? 別れる? ごめん?  すぐに反応できなくて、耳から入った言葉を頭の中で何度も繰り返した。    音無さんは頭をあげて、私を痛々しい顔で見ている。  どうしてそんなに辛そうな顔をしているんだろう? 「えっと……、私、なんかしましたか?」  この人をいつ傷つけたのだろう、そんなふうに思った。じゃなきゃ、音無さんはこんな顔しない。こんなこと言わない。こんなことにならない。 「光は悪くない。俺が全部悪い。本当に…、ごめん」 「悪い、って何がですか? どうして音無さんが悪いんですか?」  頭で考える前に、言葉が勝手に出てきた。どうして?どうして? って…… 「す、好きなやつができたんだ。だから……」 「あぁ……」  そっか……。  またか。  また私はフラレたんだ。  
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!