宝田光の事情 1

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**  テレビでは、今話題の女優が崖の上に立って、何かを叫んでいた。  それを視界の隅で眺めながら、ひとりソファに座り、缶ビールをあおった。  あのあと、どうやって帰ってきたのか、記憶がはっきりしない。  たぶん何も言わずに、何も訊かずに、ただ席を立って、家まで戻ってきた、と思う。  帰ってくるなり癖になっているテレビをつけて、冷蔵庫に残っていた音無さん用のビールをテーブルに並べて……  そうして今、――目の前には空き缶が3本。これさえ捨ててしまえば彼の存在の証拠はなくなる。 なにも。はじめからいなかったみたいに。  なのに……、心の中の存在が色濃く主張する。彼は確かにここにいる、って。今でも、この中にいる、って。  私の『恋人』だった。  一緒にいるだけで、心が温かくなって。  彼の空気に包まれているとホッした。  同じ気持ちだと思っていた。  ずっと傍にいてくれるって、信じてた。  どうして信じられたんだろう。  こんなにもあいまいで、脆いものなのに。  人の気持ちなんて変わってしまう、って知っていたはずなのに、今度は大丈夫だなんて。どうして思えたんだろう。 「私、ばっかみたい!ははっは……」  鼻から抜ける乾いた笑い声がビール缶の中で響いて、変な楽器みたいな音がする。  声にもならない、変な音。  それがだんだん湿り気を帯びてきて、もう缶の中だけじゃあ納まらなくなって、悔しくて、情けなくて、缶をテレビに投げつけた。  画面の中の女優は、追いかけてきた恋人に抱きしめられて、エンドロールの脇で幸せそうな顔をこちらに向けている。  現実は、そう簡単にいかない……。誰も追いかけてなんか、来ない。
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