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ずっと大切な人
ハルはタツオと暮らしていた家を出た
タツオはこれが前向きな別居でまたハルが戻って来てくれると思っていた
ハルはタツオのことが嫌いになったわけではなかったが嫌いになってしまうまえに離れた方がいいと思ったのだった
ハルはタツオとは同級生で地元も同じだ
タツオの猛アプローチで付き合い始めたが友達の予想では、タツオが早々に振られるだろうと思われていた
ハルは美人で気立ても良かったので男が放っておかない女性だった
だが、予想に反して二人は2年後のバレンタインデーに式を挙げた
タツオは大学を卒業して技術系の有名企業に勤務していたが何か虚無感に苛まれて3年経たずに退職してしまった
つぎの就職先はタツオがバンドをやっていたこともあって山梨の楽器メーカーにきめた
就職してみるとバンドをやる暇など全くなく思い違いに気がつく
ハルはタツオがなんとなく仕事に身が入っていないことに気がついていて少し心配していた
子どもはまだいなかったのでハルも仕事にでていた
身体の不自由な人達が通う施設での介助の仕事だった
美人で真面目なハルは施設でも信頼されていて利用者さんからも人気があった
そんな日々が続き、タツオがまた仕事を変えたいと言ってきたことがハルをとても落胆させた
ハルはこのままだと、付いていけないと思うようになってきていた
せっかく、いい会社に入ったのに、一体、なにをやりたいの?
うん、ハルがそういうのは当たり前だよな
でも、ある業種の専門の雑誌社に入って記者になって記事を書く仕事がしたいんだ
えっ?!
ハルは成功するかもわからない道に行くタツオに、ついていけないと思った
ハルは黙ったまま
これから子どももできるかも知れないのにこんな事でいいのか不安で仕方なかったのだ
でも、その一方でタツオがやりたいことを思い切りやるには、わたしが離れてタツオが一人になった方がいいのではないかと言う気持ちも生まれていた
それからしばらくして、ハルはタツオと住んでいた家を出て行ったのだった
何回か話し合いは持ったものの、ハルは戻らなかった
タツオはハルの事を愛していたのでまさか、別れることになるとは思ってもいなかった
でも、ハルを苦しめたくない、タツオはハルの気持ちを尊重して別れることにした
最後にタツオはハルに
10年後にまた、会おう
と、言った
静かにハルは頷いた
それから数年が経ちタツオは専門雑誌の記者になりその業界において頭角を現し始めた
その頃、タツオが結婚を意識し始めた女性ができたがよりによってその女性は偶然ハルの友達だったのだ
タツオはハルに結婚することを話さなければいけないと思った
すると、ハルはなぜか病院にいた
あれから、施設の男性とお付き合いしていたそうだがハルが別れ話をしていると逆上した男がハルを突き飛ばした
その拍子にハルはベッドの角に頭をぶつけてしまい
打ち所が悪くそれ以来、器具を装着しないと歩けなくなってしまったのだそうだ
タツオはそんな失意のハルに結婚話をしに来てしまった
それもハルの友達が相手とは・・・
間(ま)が悪い
いつもハルとは間が悪かった
タツオは辛かった
それでもハルは
おめでとう
しあわせになってね
彼女はとてもまじめな子だから
と、笑顔で言ってくれた
タツオは結婚して子どもも一人できた
仕事も順調で記者としても有名になりつつあった
10年が経ち
タツオはハルがどうしているのか友人に聞いてみた
ハルはまだ独身で介護職員として働いているという
足の器具もズボンをはいてしまえばわからないくらいで大丈夫とのことだった
タツオはハルがまだ一人だったのかと思うと申し訳ない気持ちで一杯になった
その共通の友人に頼んで少しの時間でいいからお茶をしないかと聞いてもらうことにした
ハルはとても喜んで承諾したそうだ
昼間、カフェで向き合うふたり
10年が経ったけどいつも仕事ぶりは見ていたよ
成功したね
本当に良かったわ
と、ハルは見ていたことを隠さずサラッと言ってくれた
タツオは今の妻は気まじめで笑顔や心に潤いがなく、息がつまることがあって、思わずハルは変わらずいいなと思ってしまうのだった
ハルは
あの時、わたしも本当はすぐに戻りたかったの、でもタツオさんがやりたいことをやるには、一人の方がいいと思ったから戻らなかったのよ
と、言った
タツオは初めてそんなことをハルから聞いて何も気づけなかった自分が情けなく、後悔したがもう、仕方ないことだった
それから、ふたりは、またねと言って別れた
その会っていたことが、
誰かからタツオの妻の耳に入ってしまった
それ以来、妻はずっとタツオはハルと繋がっていたのではないかと疑ぐり、いくら説明しても信用しなかった
それから間もなく、妻から離婚を切り出され返事も聞かぬまま実家に帰ってしまった
子どもの養育費や慰謝料も請求され、いくら説明しようとしても一切、聞く耳を持ってくれなかった
タツオは諦めて離婚届にハンを押した
離婚したことをハルに会って話したとき、ハルからは彼女は少し暗めで聞く耳を持つような人じゃないかも知れないね、と言っていた
お互いに独身には、なったが寄りを戻す話は出なかった
数年後、ハルは地元に戻り39歳で結婚した
それから男の子、女の子と産んでしあわせにしていた
タツオはフリーになり、海外からも呼ばれるようなジャーナリストになっていった
タツオは成功したと言える自分の人生で唯一、ハルと別れたことだけが悔やまれた
何年経ってもタツオにとってハルは大切な人であったが、今考えてもハルとはいつも間が悪かったな、と思う
タツオは世界に仕事場を移し多忙を極めた
仕事仲間とその後3度目の結婚をしてしあわせに思えた
がふと、一人になると思い出すのは若かった頃、ハルの気持ちを自分に向けようとあの手のこの手で作戦を練っていたことを思い出すのであった
ハルが降りるバス停の近くのガソリンスタンドでバイトをして見るだけだった頃のこと
今では遠い日々のこと
いくつになってもタツオにとってハルは大切な人なのはずっと変わらないであろう
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