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大会を10日後に控えたある日、私は校内でひなのの母親に呼び止められた。
日本人学校は、学校と保護者の距離が近い。保護者会の出席率はほぼ100%、保護者の協力を頼むイベントも多い。私は昨年ひなのの姉を担任していたこともあり、母親とも割と気を張らずに話せる関係だった。
「ひなのが、長縄大会が終わるまで、学校に行きたくないって泣くんです」
母親にそう言われ、私は瞠目した。
「最近は休み時間もずっと長縄の練習で、大好きな折り紙もお絵描きもできないし、自分だけちゃんと跳べないから、先生もみんなも怒ってるって」
困ったように微笑する彼女に、なんと言っていいかわからなかった。跳べなくても、怒った覚えはない。でも、ひなのの目にはそう映っていたのだろうか。キツい言い方をしたことがあっただろうか。
「先生、ひなののこと、たくさん褒めてやってください」
言葉を失くした私に、彼女は言った。
「いろんなことができない子なんです。親から見ても、かわいそうになるくらいに。でも、褒められるとがんばれます。跳べなくても、タイミングはよかったとか、もうちょっとだったとか、言ってやってください」
「よろしくお願いします」と笑顔で頭を下げて、ひなのの母親は校門へと歩き去った。
運動が苦手な子はひなのだけじゃない。5月に入ってからは、朝活動も休み時間も長縄の練習だ。そんな学校生活に、家で不満をこぼしている子は他にもいるだろう。
でも、保護者の誰からも、クレームが来ることはなかった。
日本で教えていた時は、子ども達のことよりも保護者との関係で悩まされることが多かった。でもここでは、保護者に恵まれている。改めて、見守ってもらえていることに感謝した。
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