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水曜日、2年生の練習を見学した後の休み時間に、百華とカケルが職員室にやってきた。
「ひなのちゃんは、縄をくぐるだけでいいことにしてあげてください」
百華は利発そうなぱっちりとした目で、私にそう訴えた。
2年生の練習を見せれば、誰かがそう言い出すことはわかっていた。
2年生には重度肥満の児童がいて、縄を跳ぶことが難しい。担任の判断で、どうしても困難であると判断される児童には縄を跳ばせず、タイミングを合わせて縄の下を走り抜けさせても良いことになっていた。その分は飛んだ回数にカウントされないが、引っかかって時間をロスするよりは記録への影響が少ない。過度のストレスやいじめの原因になることを防ぐために、学校で認めている対応だった。
「だめだよ」
私が真顔で言うと、
「なんでですか?!」
とカケルが食い下がった。
「ひなのちゃんでも、ジャンプしないで走るだけだったら、できるかもしれないじゃないですか! そしたら回数だって、もっといくし!」
「ひなのちゃんもその方がいいよねって聞いたら、うんって言ってました」
納得いかないという顔で、百華が援護した。
「だめだよ。うちのクラスは、23人みんなで跳ぶんだ。できないなんて決めつけないで。誰にだって、初めての1回はあるんだから。ひなのからそのチャンスを、取り上げないで」
百華とカケルは、まだ納得できないという顔だった。私にも、彼らの気持ちはよく分かる。長縄に真剣に取り組んでいるからこそ、少しでも記録を伸ばしたいのだ。
もっと跳べる。
もっとできる。
それはわたしがスーパー1年生のみんなにいつも言うことだけれど、「できない子を排除して」高みを目指すようなクラスにはしたくない。
「百華、カケル」
私が呼びかけると、いつもクラスの中心にいる2人は、まっすぐな視線をぶつけてきた。
「いつも、クラスのことを真剣に考えてくれてありがとう。長縄、23人全員で頑張ろうね」
そう言うと、
「24人だよ。先生もチームだから」
サッカー少年らしく、カケルが言った。
「違うよ! 25人だよ! だって、西先生も縄回してくれるんだから!」
優等生の百華がすかさず付け足す。離れた席で話を聞いていた西先生が、笑顔で親指を立てた。
昼休みの練習時、ひなのは私の顔色を伺うように上目遣いにのぞいてきた。私はその小さな背中をポンと叩き、
「あきらめない」
とだけ、伝えた。
先生はひなのを諦めない。
ひなのも自分を諦めないで。
体育は苦手でも、クラス1読書家のひなの。たくさん言わなくても、わかってくれたはずだ。
大会を目前に、1年1組の記録は順調に伸びた。大会前日の練習で134回を記録したみんなは大喜びで、「明日は150回行こう!」「引っかかんなよ!」と盛り上がった。
一緒に笑ってはいたが、ひなのは居心地悪そうに小さくなっていた。彼女はこの時点でもまだ、一度も跳べたことがなかった。
上達はしている。今のは惜しかった、そんなタイミングが何度もあった。
私は意識してひなのを褒め、もうちょっとだよ、と声をかけ続けた。
そしてとうとう、本番当日を迎えた。
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