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第九回 幕間
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十兵衛は道場中央で正座し黙想を続けていた。
陽は沈み、すでに夜となっている。
静寂なる闇の中で十兵衛は何を思うか……
突如、空気が変わった。これは十兵衛が隻眼を見開いた時、彼の気配が変わったからだ。
十兵衛は座した姿勢から脇に置かれた三池典太を手にするや、膝を曲げたまま跳躍した。
「ええい!」
そして抜刀して横に薙ぐ。座した姿勢からの目にも留まらぬ一刀だ。
着地した十兵衛は素早く膝を進め、気合いと共に右手で三池典太を打ちこんだ。
三池典太の刃が空気を、いや闇を切り裂いた。
十兵衛の気迫は、闇に潜む魔を降伏したやもしれぬ。
片膝つき、三池典太を打ちこんだ姿勢のまま、十兵衛は道場の闇を見据えた。
残心ーー
否。
彼の隻眼は無明の闇の中に、まだ見ぬ敵の気配を感じていたのだ。
公の彼はすでに死すとも、その魂は死せず。
江戸の未来を守るという意思が、十兵衛に常勝無敗を与えている。
無心の一手を放った十兵衛の心は、迷いを遠く離れて天地宇宙と調和している……
十兵衛は立ち上がり、三池典太を左手の鞘に納めた。
いつか見た天真正伝香取神道流の型が、突如として脳裏に閃いた。
それを今、自分ができたとは。
これも天真正のーー
武徳の祖神たる経津主大神の導きであるか。
(死しては仏法天道の守護者たらん……)
十兵衛は上座に向かって、壁にかけられた「香取大明神」と「鹿島大明神」の掛軸に一礼した。
そして明日が来る。
明日に現れるのは、人か魔か。
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