第十二回

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第十二回

 人影は七郎だ。  彼はこのような状況になればなるほど、生き生きとしてくるようだ。 「な、何者」  叫ぼうとした浪人の懐に七郎は踏みこんだ。  同時に肘で浪人のみぞおちをまっすぐに突いている。  その浪人は声も立てずに横倒しになった。  らしゃの側にはもう一人の浪人がいたが、七郎の迫力に後退りしていた。 「離せえ!」  三郎も叫んだ。  彼はいわゆる火事場の馬鹿力を発揮して、己を羽交い締めにしていた浪人を、力任せに振りほどいた。  七郎がらしゃを解放していたからであろう、後は三郎は力の限りらしゃを守れば良かったのだ。  三郎は呆然としている浪人を体当たりで吹っ飛ばし、らしゃの体を抱き寄せた。 「おのれえ!」  別の浪人が刀を抜いた。竹光かと思えば、なかなか上等の刀である。浪人暮らしの中でも手放さなかったのは当然だろう。  その浪人は三郎とらしゃへ踏みこんでいった。 「く!」  七郎は三郎とらしゃをまとめて突き押した。  浪人が斬りつけた刃は、七郎の右肘のあたりをかすめた。 「うう」  七郎の顔が青ざめた。刃は僅かながら肉を切り裂いていた。  鈍い痛みと共に血が滴り落ちる。油断であった。一対一ならともかく、相手は複数。  ましてや通りすがりの男女を助けるとなれば、十二分な戦略が必要だったはずだ。  これも日頃の行いが悪いからか、と七郎は唇を噛んだ。  ーー未熟!  心中に叫びながら七郎は三郎とらしゃの二人を背にかくまった。 「逃げろ!」  七郎は二人を気遣うが、三郎もらしゃもこの危機に硬直していた。  また、助けに入った七郎を見捨てることもできぬらしい。根っからのお人好しのようだ。  助けに入って良かった、と七郎は思うのだが。 「おのれ、おのれえ!」  浪人は刀を構えて七郎を見据えた。怒りの形相が月明かりに照らされた。 「あの世への道連れにしてやる!」  浪人の狂気じみた殺気が凄まじい。  それを受けて七郎は苦笑した。彼の闘志は失われてはいない。 「なかなかの剣気だ…… 何ができるか見せてみろ!」  七郎に怯んだ様子はない。  ただ、この危機に無心に挑むようだ。  斬られた右肘のあたりがじんじんと痛んだ。
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