第十三回

1/1

17人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ

第十三回

 七郎と浪人の間に殺気が満ちた。  月下に対峙する二人は、一枚の画のようだ。絵になるとは、この光景の事だろう。 「それほどの腕がありながら、浪人とはな」  七郎は笑いながら浪人を見据えた。内心の緊張を浪人に悟られたくはない。  が、顔に浮かぶ冷や汗が七郎の本心を語っていた。未熟だと七郎は思った。自身の死を前にしても、不動の精神でいたいのだ。 「そうだ、浪人だ」  浪人は刀を八相に構えている。七郎が踏みこめば、即座に刀を打ちこんでくるだろう。 「お前に何がわかる!」  浪人のギラギラした殺気を浴びせられて、七郎の背後に立つ三郎とらしゃは青ざめている。  いつの間にか、他の浪人達は姿を消していた。 「人情、紙のごとしよなあ」  浪人の顔は狂気に歪んでいた。江戸に来てから相当の苦労をしたものと思われる。  七郎と年の頃はあまり変わらぬ。四十前後の浪人の顔は苦み走っていた。 「剣を以て仕官も叶わぬ。わしら浪人はどこで生きれば良い?」  浪人の問いに七郎は答えぬ。  ただ、浪人の腕前が並々ならぬ事だけは理解していた。 (世に名人達人なんと多き事よ。これほどの者ですら、名もなく世に埋もれる時代か……)  七郎の父は大阪の役に参戦している。それですらが四十年ほど前の話だ。  たったの四十年ほどで、世の中は変わってしまったのだ。 「俺も似たようなものだ」  七郎は浪人を憐れむようにーー  同時に嘲笑のごとき笑みを浮かべた。 「人殺しの技を学んだ者が生きる場所などない。ましてや、お主のような野良犬ではな……」 「ほざけえ!」  怒りと狂気を秘めた形相で浪人は七郎に斬りかかった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加