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第十三回
七郎と浪人の間に殺気が満ちた。
月下に対峙する二人は、一枚の画のようだ。絵になるとは、この光景の事だろう。
「それほどの腕がありながら、浪人とはな」
七郎は笑いながら浪人を見据えた。内心の緊張を浪人に悟られたくはない。
が、顔に浮かぶ冷や汗が七郎の本心を語っていた。未熟だと七郎は思った。自身の死を前にしても、不動の精神でいたいのだ。
「そうだ、浪人だ」
浪人は刀を八相に構えている。七郎が踏みこめば、即座に刀を打ちこんでくるだろう。
「お前に何がわかる!」
浪人のギラギラした殺気を浴びせられて、七郎の背後に立つ三郎とらしゃは青ざめている。
いつの間にか、他の浪人達は姿を消していた。
「人情、紙のごとしよなあ」
浪人の顔は狂気に歪んでいた。江戸に来てから相当の苦労をしたものと思われる。
七郎と年の頃はあまり変わらぬ。四十前後の浪人の顔は苦み走っていた。
「剣を以て仕官も叶わぬ。わしら浪人はどこで生きれば良い?」
浪人の問いに七郎は答えぬ。
ただ、浪人の腕前が並々ならぬ事だけは理解していた。
(世に名人達人なんと多き事よ。これほどの者ですら、名もなく世に埋もれる時代か……)
七郎の父は大阪の役に参戦している。それですらが四十年ほど前の話だ。
たったの四十年ほどで、世の中は変わってしまったのだ。
「俺も似たようなものだ」
七郎は浪人を憐れむようにーー
同時に嘲笑のごとき笑みを浮かべた。
「人殺しの技を学んだ者が生きる場所などない。ましてや、お主のような野良犬ではな……」
「ほざけえ!」
怒りと狂気を秘めた形相で浪人は七郎に斬りかかった。
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