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第十四回 捨身必滅
闇を斬り裂く必殺の一閃ーー
七郎は左手側に避けた。
「ふん!」
続く浪人の横薙ぎの一閃が、七郎の胸元をかすめた。
浪人は右手一本で横に薙いだ姿勢で僅かに硬直した。
その寸秒の間に七郎は踏みこんだ。
「おあ!」
七郎、捨て身の一撃。
浪人の顔面へ頭突きを放つ。
それを受けて浪人が刀を手放した。
次の瞬間には、七郎は左手で浪人の右手首をつかんで技をしかけている。
ダアン、と浪人が背中から大地に落ちた。
七郎が無心にしかけた左手一本での体落だ。
浪人は地で悶絶して言葉も出ない。
「やりましたぞ、父上……」
七郎はつぶやき右腕の肘の辺りをおさえた。
太い血管は切れていないが、じんじんと痛む。血はゆっくりとではあるが、なかなか止まらない。
「ふう……」
息を吐く七郎の背後で、らしゃが三郎の手を取って駆け出していた。
「それでいい、ここには誰もいなかったのだ……」
七郎は寂しく笑って浪人の方へ振り返った。
そこで、はっとした。地に倒れていたはずの浪人の姿はなかった。
「何!」
七郎は脂汗を流しながら周囲を見回した。浪人の刀は地に落ちたままだ。七郎に敵わず、と見て逃走したのだろうか。
「何処へ…………」
七郎は夜空を見上げた。
広大な江戸の夜の闇に、自分ただ一人。
そのような不安が彼の心中に渦を巻いた。
「死なんぞ……」
逃走した浪人は必死に駆けながらつぶやいた。
「この程度で死んでたまるかあー!」
浪人、九郎兵衛は夜の中を駆け抜けていった。
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