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第十七回
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三郎とらしゃは就寝中だ。
初夏を迎えた江戸の夜は暑い。
蚊帳を取りつけ、二人は別の布団で寝ていた。
暑いので、二人で布団に入るのが寝苦しくなってきたからだ。
いびきを立てる三郎の布団の隣で、らしゃが目を覚まして身を起こした。
彼女は寝ている三郎を起こさぬよう、静かに長屋の室の外に出た。
雲一つない夜空には満月が輝いていた。らしゃでなくとも幻想的に感じた夜だろう。
その夜の中に佇む人影は、これもまた夜の産み出した幻想のようだ。
異国の麗人のごとき麗しき人影は、かつて七郎が遭遇した謎の青年、四郎である。
整った顔立ちに白い肌、赤い唇。
男だと知っていても、男女を迷わす不思議な艶かしさがあった。
「四郎……」
襦袢姿のらしゃは四郎を見つめて、美しい眉をしかめた。
途端に雰囲気も変わっている。平素は三郎のみならず、彼の仲間からも、また顔見知りの者からも愛されているらしゃ。
三郎の仲間などは、らしゃを三郎には過ぎたるものだと、舞い降りた天女様だと言っていた。
が、案外にして遠からずかもしれない。らしゃは魔性に近しい者だったとは。
「いつまで遊んでいる?」
四郎は厳しい面でらしゃを見つめた。らしゃは彼の接近を察して目を覚ましたのか。だとしたら、魔性の者は心で会話する事もできるのかもしれない。
「遊んではいない」
らしゃは四郎をにらんだ。凛として堂々とした立ち姿だ。背筋も伸びて胸を張り、両手を前で組んだらしゃは、高貴な身分の女性のようであった。
「あたしは、あの男が好きなのだ」
四郎に向かってきっぱりと告げたらしゃ。その瞳に宿る強い意思は、きっと十万の兵を以てしても、くじく事はできまい。
「ふうむ」
「ねえ、四郎。もう少しだけ」
「この前もそう言っていたではないか」
四郎はーー
人外の魔性たる青年が、女のわがままに振り回されて困惑しているかのようだ。
七郎が見たら四郎に好意を抱いたかもしれぬ。彼もまた人間であると……
「そうは言うがなあ、らしゃよ。夫婦にはなれぬぞ」
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